第63話 なんでもないでしゅ
「今、大丈夫ですか?」
放課後、いつものように笑顔で
見上げる形になった俺に対して、わずかに姿勢をかがめた彼女の長い黒髪がサラサラと流れて、それを艶っぽい仕草で彼女は耳傍の髪をかきあげる。
莉念も俺に話しかける時に姿勢を寄せる時はよく同じように髪を指でかき上げていたな。
「井場さんどうかした?」
「あの、今週の土曜日にお願いがあって」
「そうなんだ? 何かな」
「着物に合わせて使う小物を買いに行きたいんですけど、ちょっと
「うーん、ちょっとまって」
彼女の頼みに答えたかったが、俺は迷った。土日はバイトがある。
先日、
だが、
「あの、大丈夫ですか?」
不安げな井場さんの顔が、申し訳無さそうに声をかけた。俺はそれできっぱりと決める。
「いや、今日これから行こう」
「え、これからですか!?」
「うん、そう。土日は前も言ったけど、バイトあるからお昼に時間が取れないんだよね。バイト終わった頃には家に帰らないと行けないから、ごめんね?」
「いいえ、こちらこそ無理を言っているので。わかりました、良いですか?」
「うん、大丈夫。ちょっと待ってて。少し連絡するね」
「大丈夫です」
井場さんから離れてアプリで通話を掛ける。しかし、スマホは鳴るだけで出ることはなかった。そういえば学校内では私からはメッセージしかやり取りできないよと言われていた気がする。昨日通話がかかってきたのはもう学校をでた後だったのだろう。
俺は慌てて、メッセージで送った。
『今日急用が入ってしまったので、部室に行けません。すみません。夜の通話で話せますか。部室には明日必ず行きます』
そんな言葉を送って、井場さんの傍に向かった。
時間が足りるだろうか。
「それじゃあ、ごめん。行こうか?」
「はい」
残っていたクラスメイトが俺と井場さんが連れ立って出ていくのを見て、ぎょっとしていたが、クラスメイトが出ていくだけで、そんな反応をするのがよく分からなかった。
駅まで歩く途中で井場さんはとても恐縮していた。そんな謝ることでもないと思う。
「本当に迷惑かけてしまってすみません」
「良いよ、大丈夫」
「それで、折川君って
「あー、中学が同じだったよ」
「そうなんですか。偶然廊下で会った時に話してくれたということで」
「うん、着物は、まあ、ほら
「はぁぁぁ、本当にそうなんですよね。……茶道部内で相談したくても、出来なくて。部長さんと副部長さんも
「
「いや、その、
「なるほどなぁ」
どうも井場さんは
「みんな立ち回りが上手いんだ」
「むぅ、そうなんですよね。私、下手なのかも」
「あははは、そういう方が素朴で可愛くていいと思う。高校生で仲が良いグループとかじゃなくて、派閥争いってギスギスしすぎでしょ」
「えぇ! 折川君は女子に夢見すぎですよ!」
「そうかなぁ?」
「そうですよー! 女子なんて派閥に派閥の派閥争いですよ!」
「それは言いすぎだと思う」
「えぇぇ!」
「だって、
「うっ」
「井場せんりさん一人の
「違います! 見えないだけです!」
「そんなものかなぁ」
改札を越えて少し待ちやってきた電車に乗り込む。またもや時間帯が悪かったのか電車内は少々混んでいた。
井場さんが困ったように苦笑いを浮かべる。人が近いからだろう。圧迫感がある。
「ちょっと混んでるね、大丈夫?」
「あの、えっと、は、はい」
顔を真赤にしながら彼女が返答した。並ぶ場所が悪かった。いつもなら女子と乗るなら入り口近くに立つ場所で乗るのだが、ちょうど車両の中ほどに立つ場所についてしまう。腕を動かして、ぎゅっと俺は彼女の腰を支えた。
「えっ」
戸惑いながらもどこか緊張と色っぽい声をあげた井場さんが俺を見つめる。顔が近いので、彼女の表情の変化が良く見える。
「つり革、掴まれないでしょ。危ないからどうぞ、俺の肩でも掴んでて」
「あ、ありがしょう……」
俺の腕でもう一歩近づいたら抱き合ってしまうような距離になってしまうが、揺れて危ないよりは良い。おずおずと井場さんの右手が俺の肩に置かれた。
ガタン。
また揺れて、彼女があわわわと体勢を崩して後ろに倒れそうになったのを腕に力を込めて俺に寄せるようにすれば、井場さんは無事踏みとどまった。
「危ないから、しっかり掴んでて大丈夫」
「あぅぅぅぅ」
顔を俯向けながら、危うく後ろに倒れそうだったのにホッとしたような力の抜ける声を出した井場さんが、さらにへなへなと体から力を抜いていて余計に危ない。
俺は仕方ないなと思って、腕に力を込めた。
力を込めたことで当然彼女が俺の胸にひっつく形になるが、腕だけで人間の体を支えるほど器用じゃない。
「はわわわわわ」
「どうかした?」
「なんでもないでしゅ」
「そう?」
電車が無事に目的の駅につく。何故か井場さんはふらふらだった。俺に体を預けてたはずだが、そんなに足に力を入れてたのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます