第31話 俺が出るよ!
いつも通りのジョギングはあいにくいの雨で中止にして俺は学校へ急いだ。ゴールデンウィーク中に平日があるが、大規模休みのゴールデンウィークは明日の土曜日から始まる。曇天が広がる金曜日の朝、教室に入ると珍しくいつも本を読んでいるクラスメイトの男子学生が熱心に
「
「尚順さんおはようございますわ!」
「あ、ああ、おはよう。それじゃあ俺はこれで」
この鬱陶しい湿気の高い雨の日の中で虹の花が咲くように明るい笑顔の
「どうかした?」
「ええ、先日私が読んでいた本を読んだということで感想を言われただけですわ。何でもありませんの」
「そう?」
「そ、それより尚順さん。ゴールデンウィークはご予定がありますの?」
「うーん、旅行の予定とバイトがある程度かな」
「まあ、旅行ですの? ご家族とでしょうか。良いですわね」
「
「ふふふ、私も旅行と言えば旅行ですが、両親ともに最近は仕事の状況が慌ただしいので忙しいですから、短いんですの。代わりに日本にいるならと、またパーティーがありますの」
「なるほど、そういうのがあるんだね。
「最近になって、なぜか
「いや、こちらこそ踏み込みすぎたな。ごめんね」
俺が謝ると、
「こちらこそ申し訳ございませんわ。それで、よろしければ尚順さんはどちらに行かれるのですの?」
「ああ、俺は兵庫にある白井大町藤公園だよ」
「更に西に行かれるのですの? 知らないところですわ。何がございますの?」
「藤の花が有名ってことで、ちょっと気楽に写真も撮ろうと思って」
「そうなんですの? 藤の花はあまり縁が無いですわね。花見と連れ出される時は桜の時候ばかりですが、桜だけですので他はあまり無いんですの」
「桜の花見はよくされるけど、藤の花の藤棚を見に行こうって言うのは、たしかにあまり無いかもね。そこでまあ、写真の撮影もするから、大都市から少しでも人を避けようかなと思って、兵庫に。ほらこんな所」
「まあ、こちらが?」
彼女にウェブページで見た写真を見せる。感心したように何度も頷いた。なぜか詳しく日にちも聞かれたので、素直に教えておく。なぜと考えたが、そういえば休みなのに彼女と朝のお茶をする機会がなくなるのだから、彼女も気にしていたのだろう。
「ああ、旅行中は朝のお茶の機会がなくなってしまって申し訳ない」
「いえ、旅行楽しんでいらっしゃって。驚く事があるかもしれませんわね」
「俺みたいに長期休みにたまに旅行をするっていうタイプは、旅行にハプニングはつきものだからね。ありがとう」
珍しく早く来た放出の部活の話を聞いけば、バスケ部はゴールデンウィークは特訓日和だということで、地獄の合宿があるということだった。中学のバスケ時代もあったなと懐かしい気持ちになりながら、行きて彼女と会えよと慰めれば、部活で会えないんだよと言われてしまい、お互いに笑いあった。
雨のせいで空気がけだるげな午前が終わり、昼食の時間になる。いつも通りそれぞれ弁当を持ち寄ったが、放出が珍しく早く来たと思ったら弁当を忘れたということでバスケ部仲間と学食に行ってしまう。
「あら、そういえばこの三人だけというのは珍しいですわね」
「そういえばそうだし!」
「そういえばそうだね」
そんなことで始まった昼食は最初穏やかに進み、皆のお弁当が空になる直前にそういえばと、思い出したように
「尚順さんは
「
「尚順さんは私の、お友達ですから」
「え、あーちゃんの家のパーティーって学校の友だちも出られる系なの? 私も参加してみたいかも」
「あ、いえ、外部のお友達では無理、ですわね」
「え?」
至極申し訳無さそうに
「だったら、ひさ君はどんな立場で参加するの?」
「
「え、え、尚順さんそうですの? 父と母には」
「うん、前にも言ったけど、
珍しくきっぱり俺が言ったことに
ガタガタと俺達の近くにたクラスメイトたちが、弁当を食べ終わったのか、机をもとに戻して離れていった。教室の自席に戻って残る者もいれば、廊下へ出ていく者もいる。
外の雨は朝よりも激しく降っており、ゴールデンウィークは晴れるという予報があっても、今の雨模様を見ると人を不安にさせる。
「その、尚順さんの意思を聞かずに勝手に判断してしまって申し訳ないですの」
「こちらこそ、ちょっと強く言い過ぎたね。でも、わかってほしいんだ」
「はいですの」
これで一件落着と思ったところで、一人の男子学生がぬっと俺たちの席の傍に姿を現した。
今朝、
田中は緊張なのか、ひどく言葉をつまらせながら大きな声を教室内に響かせた。
「お、おお、俺が出るよ!」
「は?」
田中はぎゅっと手を握り、顔を緊張で赤くしながらまくし立てた。
「俺、次の集まりに、呼ばれるんだ! よ、ようやく認められたっていうかさ!」
「まあ、それは良かったですわね。今回はなるべく多くのグループ傘下の企業の方を呼んでいますから、その影響でしょうか。当日は是非同年代の知人とも縁を繋いでくださいまし」
彼女はついという感じで、困惑から立ち直ってすぐに大人な対応をこなす。彼女が愛想笑いで応えることに、気を良くしたのか田中も時折緊張でつまりながらもどんどんと会話を続けていく。
「学校だと家の事も、は、話せないだろ? だから、
「私は両親とともにみなさんに挨拶して軽く雑談する程度しかできませんの。申し訳ありませんわね。それに私は父と母からパーティーの際に回る人は明確決められているんですの」
「そ、そんなのおかしい! も、もっと俺たちは、自立するべきなんだ」
「自立ですの?」
「そ、そう! 親について回るだけじゃなくて、友達と、お、……俺とかと一緒に回るとか。俺は、
「良くないですわ」
ピシャリと
「田中さんは勘違いしてらっしゃるの?」
「え、え?」
「私は
そして、私はあなたが
あうあうと続く言葉が出てこない田中に変わって俺が口を開いた。
「
「尚順さん、私は私の当たり前を答えただけですわ。かっこいいだなんて、あまり嬉しくありませんの、私だって」
俺がそう評して、再起動出来ない田中の肩を押す形で連れ出す。
こういう時に女子同士の会話をはさんでフォローしてくれるので、
田中があのまま教室で固まっていても困るし、席に戻れとも言いにくい。
だが俺が田中を連れ出すことに何を勘違いしたのか、男子たちがこそこそとなにかを話していた。
「婚約者の立場で」
「いや、でも否定」
「まだ表に」
「田中終わったな」
そんなことはしないと不快に思うが、周りが変な噂や思い込みを話題にするのは仕方のないことだ。俺だってきっと他人事だったら、何かしら話していることもあるだろう。こういう光景はきっと
少しは人が少ない校舎の端にある階段傍で、ようやく田中の肩を離した。彼は俺を恨めしげに見ているがそんな表情をされても正直困ってしまう。
この一ヶ月近くで彼女が一定の線引きの基で、男子がプライベート上で仲の良さを見せるような距離の詰め方を警戒しているのは、教室だけでもわかっているはずだ。
問題は
「田中君、それじゃ、俺は行くから」
「お前! なんで
「俺は友達だから。田中君はクラス内だと孤立しているように見えたから、
「違う!!
「そうだよ、
「……それで上手くいくのか?」
「俺はそう思う。まずは周りのクラスメイトと一歩でも仲良くなるよう頑張って行けば少しでも上手くいくと思う」
うまくいくかは分からない。しかし、俺は彼と話し合う気はない。今は他のことに集中してもらえるように目標を提示しておく。しばらくすれば彼も落ち着いて、またクラスでは落ち着いて過ごす一人になるだろう。そこからどのようにクラスに協力してくれるかは分からないが、球技大会や体育祭、文化祭にはまだまだ先だから大丈夫だ。
俺はうつむいて考え出した田中を放って静かにその場を離れる。何か思いついて会話をしてまた何かしらの感情の浮き沈みに巻き込まれても困るからだ。
教室に戻れば、空気は比較的ましになっていた。理由は単純で
どうせ挟むゴールデンウィークの休みで、各々が行うイベントの思い出で忘れられていくだろう。変な事が起きるのがゴールデンウィークの前日で良かったと思えた。
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