幼馴染にフラれたから次からは勘違いせずに女の子と良い距離感で過ごしたいと思います

紅島涼秋

藤の花が微笑む

第1話 幼馴染にフラれた


「私、尚順ひさのぶのこと、嫌いじゃない。今は、幼馴染。私達、家族」


「え?」


 長い黒髪が流れる。

 サラサラとした髪を手でかきあげた見目の美しい幼馴染。

 四條畷しじょうなわて莉念りねんの優しい声が告げる残酷な言葉に、俺は呆けた声をあげて、現実を直視できなかった。


 中学三年、活躍できない補欠のバスケ部も引退した夏休み当日、蝉がうるさくなり続ける真夏の夕暮れ。

 幼馴染との関係を大きく一歩進めようとした俺、折川尚順の初恋は、「初恋は実らない」というマヌケな言葉を象徴するように終わった。


 フラレた当日の夜、俺は家族に顔を合わせる間、涙の跡を隠して愛想笑いで過ごした。

 莉念りねんは俺の母親と一緒に料理を作り、俺たち家族四人と一緒に晩ごはんを食べる。

 必ず一緒に食べようと約束した食事がこんなに辛くなるとは思わなかった。


 表情をあまり変えない莉念が、淡々としながら、母親、妹と話している。


「夏休みどこ行こうかしら? 莉念りねんちゃんは行けるの~?」

「おじいちゃんに、相談、してみる」

「お嬢様は大変だね! お兄は莉念りねん姉とどこか行くの?」

「どう、しよっか、尚順?」

「莉念姉! 私、ビーチが良い」

「ビーチ? 海?」

「そそ!」


 先程の告白なんて無かったように平然とする目の前の幼馴染。

 同じテーブルで食事をして、これまでと同じような返事をしないといけない。

 締め付けられて、痛み続ける苦しい気持ちが、ガンガンと俺を殴りつけた。

 叫びだしたくなるモヤモヤと、ギリギリと締め付けられる痛みから、気を逸らすので精一杯だった。


 俺がまともに返答できない中で、割り込むように妹が幼馴染の莉念りねんへ積極的に話しかけてくれたことを強く感謝した。

 正直、幼馴染の莉念りねんが作った食事の味が分からなかった。

 いつも美味しいと思っていたし、言っていた。


莉念りねん美味しいよ」


 誤魔化すのなら、俺は食事中その一言を言えたのだろうか?


 気づけば自分の部屋に戻っていた。

 部屋の電気をつける元気もない。必死に声を押し殺してさめざめと泣く。さすがに一人きりになった時には、愛想笑いを保てなかった。

 フッたのに俺の部屋に平然と入ろうとした幼馴染を、扉越しに初めて拒絶した。

 自分自身がみっともなかった。

 好かれていると思いこんでいた自分が、どうしようもなくみっともなかった。



 幼馴染にフラれた俺は現実逃避のためか、中途半端な学力を補うため勉強に手をつけた。

 そして、勉強しない時間にはカメラを買って、写真を撮るという趣味を作って時間を消費し続ける。

 なるべく幼馴染と同じ時間を過ごすのを減らそうと努めた。

 毎日の晩ごはんはどうしようもない。

 必ず幼馴染と同じ時間を共有するタイミングだった。

 家族の目の前では、家族同然の幼馴染との仲を懸命に壊さないよう過ごした。


 月日が流れ、勉強で努力した結果、行けるはずのない高い学力レベルの高校に進学することができた。


「おめでとう。頑張ったねー」

 家族が祝福してくれる。


「おめでとう、尚順。高校も、一緒、だね」

 家族同然の幼馴染も、彼女自身の合格報告と共に、祝ってくれた。


 そんな悩み多き中学も卒業式を終えて、長く苦しい春休みを堪能した俺は入学式当日を迎えた。

 高校へ向かうためにすっかり春の陽気をたたえた空気の中を気持ちよく自転車を走らせる。

 いざとなればバスも使える好立地の高校は春の日差しを浴びて輝いていた。


 駐輪場に自転車を置いて、校舎の昇降口にたどり着いた俺は、掲示板に張り出された校内地図を確認する。クラスについては事前に通達があったため、自分が行くべき教室を確認できた。

 三年生が一階、二年が二階、一年生は三階にあり、俺は階段を駆け上がっていく。二組の扉を開ければすでに登校している生徒たちもいる。


「おはよう!」


 明るい声を出せば同じように声が返ってきた。黒板に張り出されたバラバラに配置された席位置を確認して、窓際の席に座る。

 前に座っている女の子に少し気恥ずかしながらも声をかけた。窓から差し込む太陽の光で茶色に見える明るい髪色をしていた。


「おはよう、今日からよろしく、住道すみのどうさん! 俺、折川」

「あ、おはようございますの。よろしくお願いしますわ。折川、さん」

「どこ中から? 俺は近くの南中からなんだ」

「私はちょっと遠くなのですけれど、西ですわ」

「結構遠いな! 映画館とかあるところ街の挟んだ向かいか! そこまでは行ったことないな」

「遠いですわよね。でも、レベルを考えるとここより上なんてもっと遠くなってしまいますから」


 住道すみのどうさんは美人でとっつきづらいかと思ったが、話し方がちょっと硬いだけで話しやすいタイプで安心した。

 比較的会話が盛り上がって、入学式までの時間をつぶすことできた。

 クラスは知り合いがいないと言っても間違いない。心機一転頑張ろうと俺は気持ちを新たにした。


 

 短いホームルームが終わり、入学式一日目はすぐに終わってしまう。

 住道すみのどうさんは母親が待っているということで早々に帰ってしまうが、住道すみのどうさんと連絡先を交換しておいた。これからよろしくと笑いかければ、彼女も笑顔で応えてくれた。

 隣にいた男子の放出はなてんとも会話をする。彼は俺の通う中学とすぐそばの学区違いの中学だった。爽やかなスポーツマンらしい見た目をした放出はなてんが、その見た目に似合う笑顔を浮かべて俺をからかう。


「しかし、折川は積極的だな」

「何が?」

「いや、住道すみのどうさんに積極的に話に行けるのが。美人じゃん。手慣れてんのかよ」

「あー、全然そんなこと考えてなかった。中学の時は交友関係狭かったから、高校デビューってやつかもしれん」

「ははは! 高校デビューってなんだよ! それで真っ先にクラスで一番の美人に声かけるのは勇者だろ」

「確かに美人だと思うけど、一番って言われるぐらいだったんだ。

 気にしてなかったよ。

 早めに教室に来て偶然前の席だったから、時間つぶしに話してただけなんだ。多分、放出はなてんが先にいたら、話しかける優先度変わったと思う」

「ははは、そんなもんか」


 放出はなてんは良いやつで遊びに行こうぜと誘われるが、俺は答えようとして声が止まった。

 教室の廊下から、綺麗な黒髪をした少女が顔を見せる。長い髪をさらさらと流し、輝くような印象を与える美人な顔立ちをした少女に、教室に残っていた男子たちと一部の女子が感嘆の声を上げる。

 それほど大きな声ではなかった。しかし、鈴を転がしたような瑞々しい声が教室に染み渡るように響く。


「いた尚順。お母さんたちが待ってるから一緒に帰ろう」

莉念りねんわかった。行くよ。放出はなてんごめん。親たちが待ってたみたいだから、じゃあまた明日! よろしくな!」

「え、あ、お、おう。よろしくな」


 幼馴染の彼女に呼ばれて、放出はなてんに軽く謝って鞄を手に取り彼女の元へ向かう。廊下を一緒に並んで歩けば、男子学生たちはちらっと彼女の顔へ視線をやるのが見て取れた。

 やはり彼女は美人だ。みっともない俺に似つかわしくないほどに。


「尚順は二組、私は五組。違う、クラス。中学は、ずっと一緒、だった」


 クラスが別なことに恨めしそうにいう彼女へ、逆にクラスが違うことに安堵していた俺は努めて平静を装おって仕方ないと答えた。

 ふーんと言って、幼馴染は素直に良いよと、承諾した。


「私のお父さん、お母さんも、来てる。珍しい。嬉しい。尚順のご両親も、一緒に写真、撮りたいって」

「来られて良かったな」

「来なかったら、縁切ってた」

莉念りねんのお父さんが泣くからやめてくれ」


 くすくすと、透き通った印象を与える笑いをした彼女とともに今日のクラスの印象の話をしながら校門へ向かい、写真を撮って記録に残す。

 そこには嬉しそうな彼女と、笑顔を浮かべた俺がお互いの両親とともに写っていた。


 この地域の桜は三月には散ってしまう。今はもう、咲いていた名残しか残さない桜の木が、少しずつ生命を感じる鮮やかな翠への変化を見せている。


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