ウワサ話に御用心!④


 眠れないなら、ひつじを数えればいい。


 それは、誰もが聞いたことがある常識のような話だった。白くてモフモフの羊が、柵を飛び越える度に「一匹〜、二匹〜」と数えていけば、次第に眠りに落ちる。


 だが、姫奈と同じベッドで寝て、二日目。


 眠気はピークを達しているのにもかかわらず、俺は全く眠れなかった。


(落ち着け、羊を無心で数えるんだ……!)


 姫奈の体温を感じながら、俺はひたすら羊を数えていた。きっと、昨夜以上に心臓がドキドキしているのは、姫奈のこのお願いを叶えたからかもしれない。


 あの後、帰宅して、一緒に夕食を作った。


 姫奈が「夕飯作るの手伝って♡」と可愛らしくいってきて「何でも言うことを聞く」と言った俺は快く了承し、キッチンで二人仲良く、ハンバーグをこねくり回した。


 まさに、絵に書いたような新婚夫婦だ。

 玉ねぎのみじん切りは、めっちゃ目にしみたけど、それすらも、笑いのネタになるような。


 そして「幸せだなー」としみじみ思いながら、その後、一緒にハンバーグを食べて、一息ついた頃、姫奈が、のお願いをしてきた。


 どうやら、俺は言うことを聞くつもりだったのに、姫奈は大丈夫だと思ったらしい。


 ダメだよな。言葉は、正確に伝えないと。そう反省しつつも、俺は姫奈のお願いを聞く。すると


『一緒に、お風呂に入ろう♡』


 なんて、言ってきたのだ。


 可愛らしく小首を傾げる姿は、まさに天使!

 あーもう! 俺の嫁、めっちゃ可愛いな!


 なんて、言ってる場合じゃない!!


 姫奈と一緒にお風呂に入るということは、俺の理性が確実にということ。


 なにより、高校卒業までは、プラトニックな関係でいようと決めた。それに矢印さまにも『ダメ』って言われた。ならば、そのお願いは拒否するしかない!


『ダ、ダメだ!』

『どうして? なんでも聞いてくれるって言ったのに』

『そ、そうだけど、風呂はダメだ!もっと他にないのか?』

『うーん……じゃぁ、今夜は寝てくれる?』

『え?』

『だって、昨日は背中を向けて寝てたでしょ。私、すごく寂しかったんだから』

『……っ』


 確かに、背中を向けていた。少しでも、姫奈を意識しないように。でも、それが姫奈を、寂しくさせていたなんて……


『わ、わかった』


 そんなこと言われたら、NOとはいえない。

 だが、OKしたのがまずかった。


 お風呂上がり、俺はベッドで横になると、優しく姫奈を抱き寄せた。すると、お花みたいなシャンプーの香りと、柔らかい女の子の身体がピッタリと密着して、まるで子猫のように、姫奈が俺の身体に擦り寄ってきた。


 そして、お互い目を合わせれば、あっという間に、雰囲気になった。


 そんな雰囲気って、まぁ、言わずともわかるだろう。『あ、これから始めるんですね?』的な雰囲気だ。


 そう、きっと、ここでキスをすれば、猫も驚くスピードで、官能的な夜にまっしぐら!!


 だけど、それはダメだ!!

 なにがなんでも、始まっちゃダメだ!!


 そんなわけで、俺はを数えた。

 姫奈を抱きしめたまま、脳内では、ひたすらモフモフの羊が柵をとびこえる。


 一匹〜。二匹〜。三匹〜……と。

 だが、羊が五百匹を超えても、俺は全く眠れなかった。


(落ち着け、羊を無心で数えるんだ……!)


 心臓は、ずっとドキドキしていた。きっと姫奈のお願いを叶えたからだ。


 少し手を動かせば、変なところに触れてしまいそうだった。俺とは違う、柔らかくて小さな身体。意識しないようにと思えば思うほど、余計に意識してしまう。


(あぁ、やっぱり羊じゃダメだ! こうなったら、ちょっと毒舌なさんに罵倒してもらおう……!)


 もはや、苦肉の策だった。羊から執事を連想した俺は、白くてモフモフの羊ではなく、真っ黒な燕尾服をきた黒髪の執事を思い浮かべた。


 誰かに『絶対、手を出すな!』と罵倒してもらうために!!


 だが、その後、そっと目を開けると、姫奈は、俺の腕の中ですやすやと眠っていた。


(あ……姫奈、寝たのか)


 一瞬、描き出した執事はすぐに消えて、俺は姫奈の寝顔を見ながら安堵する。これ以上、姫奈に誘惑されたら、確実に狼になってた。


 だけど、もしかしたら姫奈は、それをのぞんでいるのかもしれない。


(俺に経験があったら、もっと上手く、リードしてあげられたのかな……)


 男として、情けないと思った。


 こんな時、もっと堂々と女の子をリードしてあげられたら良かった。


 姫奈は、こんな俺を、今どう思っているだろう。


 結婚して、肩書きは『夫』になっても、中身は底辺の男子高校生のままだ。そして、経験がないこそ、ごちゃごちゃと余計なことを考えてしまう。


 『失敗したらどうしよう』とか『ちゃんと気持ちよくしてあげられるだろうか』とか、色々考えたら不安になって、すぐに怖気づいてしまう。


 なにより、俺たちは、まだ学生で受験生で、だからこそ、絶対に失敗はできない。もし姫奈を妊娠なんてさせたら、親に合わす顔がない。


 だけど、俺が拒絶することで、姫奈を不安にしてはいないだろうか?

 姫奈が覚悟を決めているなら、俺も、そうすべきなんじゃないか?


 矢印さまに『ダメ』と言われて、もう答えは出ているはずなのに、その選択が本当に正しいのか、わからなかった。


 俺は、どうすればいいんだろう。

 いや、俺は───どうしたいのだろう?


 そうこう考えていると、次第に睡魔が襲ってきた。うつらうつら目を閉じると、夢の世界に誘われる。


 もう、眠気は限界だった。

 少しでも眠れるなら、眠りたい。


 だけど、目を閉じしばらくすると、俺は、また目を覚ました。


 見覚えのある草原の中。そして、そこに現れたのは──あの銀髪の猫耳女神だった。







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