第95話 父と息子
「実は、俺の息子が、今夜、あの観覧車に乗るみたいでな」
「え……?」
その言葉に、津釣は目を見開いた。
微かに心拍が早まれば、無意識に口元が緩む。
この警察官たちが、無様に狼狽える姿は、正直、見てみたいと思った。
爆弾魔を捕まえて、安心しきっているこいつらが、爆破と同時に絶望にのまれる瞬間。
それも、目の前の、この余裕そうな男が、息子が死んだ知って見せる顔は、果たして、どのようなものだろう。
それを考えれば、今にも笑いだしそうだった。
「へー、刑事さんの息子、あの観覧車に乗ってるんだ」
だが、それを必死にこらえると、津釣は、先の言葉を復唱しながら、穏やかに笑ってみせた。
残り時間も、あとわずか。こんな愉快な瞬間に立ち会えるなんて、祭りの余興には丁度いい。
すると、気を良くしたのか、津釣は少し饒舌になって話し始める。
「あの観覧車の乗り心地、最高だよ。8時には花火もあがるし、まさに絶景だろうね」
「そうなのか。なんでも、クリスマス限定のチケットが運良くあたったらしくてな。今頃、彼女と一緒だろう」
「へー、彼女いるんだー」
「あぁ、かなり美人な彼女がな」
「へぇ、まさにリア充って感じだね。ねぇ、写真とかないの? 彼女と写ってる息子の写真」
「写真……あるには、あるが」
「じゃぁ、見せてよ。やっぱり刑事さんに似てイケメン?」
「おいおい、よしてくれ。いくらなんでも息子の写真は」
「じゃぁ、交換条件。刑事さんが、息子たちの写真を見せてくれたら、俺も姫奈って子を遺棄した正確な場所を話すよ」
「…………」
差し出された条件を聞いて、橘は黙り込んだ。
津釣は、いまだに楽しげに笑っていて、人を殺してしまった反省の色は、一切伺えない。
「今更だな」
「今、思い出したんだ」
「なら、交換条件なんて出さずに、話してもらわないとな」
「嫌だよ。それじゃ、写真みれないじゃん」
「そんなに見たいのか?」
「うん」
淡々と会話をしながら、津釣は、また時計を見る。
自分の爆弾で、どんな人間が死ぬのか。
それは、純粋に興味があった。
それも、この刑事の息子となれば、より興味が湧いてくる。
「そうか……じゃぁ、見せたら、しっかり話してくれ」
すると、橘はスマホを取りだし、画面をスクロールし始めた。
息子と彼女の写真を探しているのだろう。こんな男でも、息子の写真は持っているのかと思うと、妙な笑いが込み上げてきた。
すると、その後すぐに、橘は津釣にスマホを差し出してきた。
「文化祭の時の写真しかなかった」
「なんでもいいよ」
差し出されたスマホを手に取り、見つめる。
するとそこには、仲の良さそうな高校生のカップルが、幸せそうに画面に収まっていた。
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