第96話 嘘と確信


 差し出されたスマホを手に取りれば、そこには、仲の良さそうな高校生のカップルが、幸せそうに画面に収まっていた。


 赤毛の髪をした凛々しい青年と、金色の髪をした美少女。


 きっと、この赤毛の青年が、橘の息子なのだろう。制服姿の彼の横には、金髪碧眼の美人な彼女が手を振りながら、こちらを見つめている姿があった。


 そして、その写真は、まさにトップクラスのリア充と言ってもいいほどだった。二人とも美男美女なのは間違いないし、まさに誰もが羨むような理想的なカップル。


 あの姫奈という女も、学校では"高嶺の花"と言われるほどのリア充だったが、まさに、それに負けず劣らずと言ったところ。


(へー、こいつら、今から死ぬんだ。可哀想に……)


 写真を見つめながら、まるで他人事のように哀れんだ。リア充だったがために、こんなイカれた爆弾魔に殺されてしまうなんて、実に哀れだ。


 だが、事件は大きくなればなるほど、人々の関心を引く。


 リア充なんて爆発しろ──そんな民衆の望みを叶えるために、観覧車を爆破した爆弾魔に、きっと人々は震え上がるだろう。

 

 自分たちが、何気なく言っていた言葉のせいで、大量に人が死んだ。

 

 その常軌を逸したクリスマス・イブの悲劇は、きっと、多くの人々の心に残り、考えるきっかけをつくる。


 そして、それだけの事をしなければ、世界は変わらない。


 前の世界でも、そうだった。変えたければ、より多くの民衆の心を引き付けなくてはならない。


 だからこそ、魔王として君臨し、人々を支配した。それなのに──…


(あと、少しだったのに)


 勇者に邪魔をされた、あの前世の記憶が忌々しく脳裏によぎった。


 あいつらが、邪魔をしなければ、あの世界は変わったかもしれない。だからこそ、再び心を奮い立つ。


 ここには、勇者も聖女もいない。

 邪魔をするものは、誰もいない。


 なら、今世では、絶対に失敗しない。

 この"世直しゲーム"は、確実に自分の勝利だ。


「もう、いいだろう」


 すると、橘がスマホを返してほしそうな素振りをして、津釣は、それを返しながら、また話し始めた。


「やっぱり、息子もイケメンだね。刑事さんとよく似てるよ。オマケに彼女が相当な美人だ。こんな美人と二人っきりで観覧車デートとは、最高のクリスマスだね」


「そうかもな。父親は、仕事でクタクタだって時には、息子はいい気なもんだ。それより、そろそろ話してくれないか」


「……いいよ」

 

 すると、津釣は、姫奈を遺棄した正確な場所を話し始めた。と言っても、それは全て嘘の話だが


「そうか……じゃぁ、その場所に火薬も一緒に捨てたのか?」

「そうだよ」

「絞殺時に使った紐も?」

「あぁ、それも全部、海の中」


 津釣が淡々と答える。

 だが、それは唐突に訪れた。


 津釣が答え、橘が目を細めた、次の瞬間──


「金森! 今すぐ、ショッピングモールの観覧車を止めろ!!」


「……え?」


「いや、観覧車だけじゃない。あのショッピングモールにいる人間を、今すぐ避難させろ。残りの火薬は、いや──爆弾は、あのショッピングモールの中だ」


「……っ」


 ハッキリとした口調で、背後に控えていた部下たちに指示をすれば、その瞬間、金森たちが血相を変えて取調室から飛び出した。


 そして、騒然とする取調室の中で、津釣は困惑する。


 何が起こったのか分からなかった。だが、何故かこの男は、爆弾がショッピングモールにあると見抜いた。


「な、何言ってんの、刑事さん」


 キツく睨みつけて、橘を見つめる。

 すると──


「観覧車の話をした時、わずかに瞳孔が開いた。そして、そのあとから、やたら饒舌になったな。嘘をついているか、興奮しているかのどちらかだ。いや、どちらもか──どうやら君は、俺の息子が観覧車に乗るのが、余程嬉しいらしい」


「……」


「だが、残念ながら、俺の息子は今バイト中だ。


「は?」


「ついでに言えば、彼女もいないし、この隣に写ってる女の子も、女装した男の子だ」


「な……え、男!?」


「あぁ。どうやら、嘘をつくのは、俺の方が上手かったみたいだな」


「……っ」

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