第97話 勝敗
「どうやら、嘘をつくのは、俺の方が上手かったみたいだな」
「……っ」
橘の言葉に、津釣はキツく奥歯を噛み締めた。
雑談なんて言いながら、こちらの動向を伺っていたらしい。だが……
「それだけで、爆弾がショッピングモールにあるって? さすがに深読みしすぎだよ」
あくまでも冷静に返せば、橘も平然と返した。
「それだけじゃないさ。君の証言は、確かに筋は通っていた。だが、先の三つの爆破事件については細かく話してくれたが、姫奈さんを殺害したことについては、不確かな部分が多かった」
「……不確か?」
「あぁ、実は事情聴取の前に、色々調べてきたんだ。君が、姫奈さんを遺棄したと話していた海岸沿いと、回収されたワゴン車の中を……海岸沿いには、釣りをしている者達もいたが、怪しい車は見なかったといっていた。それに、姫奈さんを殺害したという車の中は、争った形跡が一切なかった」
「…………」
「抵抗されて、首を絞めて殺害したという割には、君の手には、絞殺時につけられる引っかき傷ひとつない。それに、さっき『絞殺時に使った紐は?』と尋ねたら『それも、海の中』だと言ったな。素手で首を絞めたはずなのに、なんで、今は紐を使ったことになってるんだ? 設定が曖昧すぎないか?」
「…………」
先程の自分の発言を思いかえす。
確かに、そう言ったし、完全に自分のミスだ。
だが、正直、いい間違っただけだと、しらばっくれることも出来た。しかし、津釣はそれをせず、あっさり認めた。
「はは、なるほど……自分で墓穴ほっちまったわけだ」
「姫奈さんは、どこだ。まだ殺してないな」
すると、橘が少し強めの口調で問いかけた。
「君と話しながら、まだ姫奈さんが、生きているかもしれないと思った。だけど、生きている人間を、わざわざ殺したと宣う理由が分からなかった。だけど、観覧車の話をした時、やっとわかったよ。自首してきたのも、殺したと言ったのも、全ては捜査を撹乱するため。俺たち警察の意識を海に集中させて、残りの爆弾を確実に爆破するため」
「…………」
「姫奈さんは、どこだ。彼女は今、どこで何をしてる」
力強い視線が、津釣を射抜く。
すると、津釣は
「ふふ、あはははは! そうだよ、まだ死んでない。今頃、泣きながら爆弾を解体してるんじゃないかな?」
「解体!?」
「そう、夜8時に爆発するんだ、爆弾が。止められなきゃ、木っ端微塵だよ、女も観覧車も。まぁ、解体っていっても、大勢の命がかかってる。何も出来ず、震えてるだけかもな?」
「ッ……どこにいるんだ、姫奈さんは!?」
「教えるわけないだろ。それにしても、残念だなー。あんたら警察が慌てふためく姿を楽しもうと思ってたのに、その前にバレちまうなんて……まぁ、俺の嘘を見抜いたところで、今からショッピングモールにいる人たちを、全員避難させられるわけが」
「やるさ、それが警察の」
「無理だよ。爆破まで、残りの13分。でも、あの観覧車は、一周するのに15分かかる」
「……!」
「刑事さんなら、分かるだろ。観覧車は、一度乗ったら、一周するまで降りられない。つまり、今、観覧車に乗ったやつらは、観覧車から降りる前に、爆破時刻を迎える。例え、ショッピングモールにいる人たちを、無事に避難させられても、観覧車に乗ってるやつらは、確実に死ぬよ」
「く……っ」
瞬間、橘は津釣の胸ぐらを強く掴みあげた。
飄々とした態度には、並ならぬ怒りが込み上げてくる。だが、そんな橘を更に挑発するように、津釣は、橘を見上げた。
「どうすんの刑事さん。爆弾処理班を呼んだところで、もう解体する時間もないよ。あんたらに出来るのは、客を避難させるくらいだ。でも、その客も、全員は助けられない。気づくのが遅かったね、刑事さん。この勝負──俺の勝ちだ」
爆弾は、止まらない。
観覧車も、止められない。
止められるとしたら、あの女が、奇跡を起こせた時だけだ。
でも、その奇跡も、絶対に起こせない。
だって、あの6本のコードを、運良く切れたとしても、爆弾は止まらないのだから──
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