第98話 避難
「見てください、四月一日くん! さっすが、聖夜! どこもかしこもイルミネーションで溢れてますよ!」
橘が、津釣の嘘を見抜いたその頃、観覧車の乗った長谷川は、まるで子供のようにはしゃいでいた。
そすと、四月一日は、そんな先輩の姿を見つめながら、スマホを手にした。
時刻は、19時47分。
あと13分ほどで、花火が打ちあがる。
この調子なら、きっと、いい位置で見ることができるだろう。そう思いながら、四月一日もまた外の景色を見つめた。
夜の闇に浮かび上がる桜川の町は、まるで宝石箱のように輝いていた。
まさに絶景。こんなにも美しい光景は、そうそうお目にかかれるものではないだろう。
それを考えれば、客が殺到し、いつからかチケット制になったというのも頷けた。
なにより今は、当たった人しか見れないというその特別感が、その価値を更に高めている気もする。
「確かに、綺麗ですね」
「お! 活字男子の四月一日君でも、そう思うのですね!」
「まぁ、この景色は、素直に見れて良かったと思います。それより、写真は撮らなくていいのですか?」
「あ、そうでした!」
四月一日の言葉に、長谷川はカメラを取り出した。
だが、その後、カメラを構えると、ファインダーを覗きこみ、長谷川が首をかしげる。
「ん?」
「どうかしましたか?」
「いや、赤くてピカピカした光が、いっぱいこっちに近づいてくるなーと」
「赤くて、ピカピカ?」
なんだ? イルミネーションの話か?
でも、近づいてくる?
「四月一日くん、何かあったのかもしれません。パトカーが沢山、このショッピングモールの周りに集まってきてます」
「え?」
第98話 「避難」
◇◇◇
「え!? 爆弾!?」
ショッピングモール内の事務所にて、主任の男が大きく声を上げた。
電話の相手は、警視庁の刑事であり、橘の部下でもある金森。
金森は、先ほど橘から聞いた話を元に、ショッピングモールに電話をかけていた。
『とにかく、落ち着いてください。観覧車の近くに爆弾が仕掛けられています。爆破時刻は、午後8時です。ただちに観覧車の近くにいる客たちを避難させてください』
「は、8時って……っ」
主任の男が、震えながら時計を見つめた。
コチコチと秒針が震える時計は、19時47分を指していた。
8時まで、もう15分を切っていることをがわかる。
「じょ、冗談ですよね! 爆弾なんて!?」
『冗談ではありません。いいですか、とにかく落ち着いてください。犯人が所持していた火薬の量から察するに、残りの火薬をすべて使ったとしても、モールがすべて吹き飛ぶほどの威力はありません。ですから、今、東棟にいる客たちを、すべて西棟の方へ移動させてください』
「に、西棟へって……でも、もう15分もないのに、全員を避難させるなんて」
『だから、落ち着いてほしいんです。我々、警察も今、そっちに向かっています。被害を最小限にとどめる為にも、冷静になってください。そこにいる人々を救えるかは、あなた達にかかってます』
「……ッ」
金森の言葉に、主任の男が、きつく唇を噛みしめた。
うだうだ言っている暇はない。やるなら、すぐに動かないと手遅れになる。
「――わかりました! 今すぐに避難させます!」
その後、電話を切った男は、ただちに従業員たちに指示をする。
「みんな、緊急時のマニュアルは覚えてるな! 今から、観覧車の下の倉庫で火災が発生したという呈で、お客様を東棟から西棟へ避難させる!」
「か、火災ですか!? 爆弾じゃ」
「爆弾が8時に爆発するなんていったら、パニックになるだろ。俺たちの目的は、一刻も早く、観覧車の近くにいるお客様を避難させることだ」
テキパキと指示をすると、その後、従業員たちは、避難ルートを確保するため、ちりじりになった。そして、モール内には、すぐさま火災を知らせるベルが鳴り響き、避難を促すアナウンスが流れる。だが……
(屋上にいるお客様は、避難させられたとしても……今、観覧車に乗ってる人達は、どうなるんだ……っ)
一周するのに、15分かかる観覧車。今乗ってる人達は、たとえ降りられたとしても、確実に逃げ遅れる。そう思った瞬間、ふと昼間の青年からの電話を思い出した。
――観覧車を止めてください!
そういって、必死に頼み込んできた、高校生くらいの男の子の声。
(ッ……あの子の言うとおり、観覧車を止めておけば)
深い後悔が、よどみなく押し寄せる。
だが、今さら悔やんでも――もう、遅い。
男は、事務所を出ると、すぐさま観覧車へと走り出した。そして、モールの外にもまた、着々をパトカーが集まり始めていた。
午後8時までに、一人でも多くの人を避難させる。その決意を胸に、多くの人々が動き出した。
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