第99話 声


「はぁ……はぁ……」


 一方、姫奈は、凍える指先を必死に温めながら、目の前の爆弾を見つめていた。


(あと、一本なのに……っ)


 5本目のコードを切ってから、しばらく経った。

 あと、一本。これを切れば、爆弾は止まる。


 だが、手が震えるせいか、なかなかコードが切れない。その上、体が酷く重くて、今にも倒れそうで


(ダメ……しっかりしなきゃ……後、一本なんだから……っ)


 冷えた身体は、もう限界だった。だが、必死に手を温めながら、なんとか震えが止まらないかと試みる。


 具合が悪いなんて言ってる場合じゃない。


 これを切らなければ、自分だけじゃなく、長谷川さんや、ショッピングモールにいる人たちも、爆発に巻き込まれて、命を落とす。


(とにかく、切らなきゃ……!)


 そう強く決意すると、姫奈は、震える手で、またニッパーを握りしめた。


 この爆弾さえ止めてしまえば、あとはもう、どうにでもなる。


 パソコンに表示された数字は

【00:09:54】


 もう、時間がない。姫奈は、一度深呼吸をすると、最後の気力を振り絞り、残されたコードに触れた。そして──


(矢印さま、このコードを切ってもいいですか?)


 幾重にも采配を重ねるのは、絶対に失敗が出来ないから。間違ったコードを切れば、たくさんの人が命を落としてしまうから。


 自分のせいで、人が死んでしまう。

 それだけは、絶対に許されない。


 ──ピコン。


 すると、矢印さまは、ゆらゆらと揺れ《切ってもいい》と選択した。姫奈はホッと息をつき、その後、ゆっくりと手に力を込める。そして


 ──パチン!


 と、コードが切れた音がした。


 そして、数秒、身を固めた後、何も起こらないことを確認して、ふっと肩の力が抜けるのを感じた。


 切った。切れた。これで、やっと──終わった。


「よ、よかった……これで……っ」


 目にはじわりと涙が浮かび、姫奈は、安堵の表情を浮かべた。


 爆弾は、爆発していない。

 観覧車も、無事だ。


 これで、やっと終わったのだと、胸のうちが晴れやかになる。


「……え?」


 だが、その瞬間、パソコンに目を向けた姫奈は、ただただ困惑する。


 なぜなら、パソコンの画面は、さっきと何も変わらなかった。液晶に映し出された数字は、未だにカウントダウンを続けていて、止まっている素振りを見せない。


「な、なんで……?」


 こういう場合、カウントダウンも止まるはず。

 それなのに


(なんで止まらないの?)


 コードは全部切った。

 矢印様に聞いて、正確な順番通りに。

 それなのに……


「なんで……っ」


 止まらない数字を見つめて、身体が震え出した。表情は、みるみるうちに青ざめて、パソコンの画面に釘付けになる。


(もしかして、まだ、止まっていないの?)


 コードは切ったのに?

 なんで? どうして?

 もしかして、あの人が言ったことは


 ……全部、嘘?


「ぅう───」


 瞬間、視界がぐらりと揺れた。くらくらと眼前が霞む感覚。すると姫奈は、そのまま冷たい床に、力なく倒れこんだ。


 呼吸が荒く、意識が朦朧とする。体は冷えて、とても冷たいはずなのに、体の中は燃えるように熱くて


(はぁ、どうしよう……っ)


 意識を失う寸前なのだと、自分でもわかった。

 でも、ここで気を失ったら、もう助からない。


(爆弾……とめ……なきゃ……っ)


 だが、本当に止められるのだろうか?


 もう体力も気力もなくて、身体がぴくりとも動かない。なにより、これ以上、矢印様は使えない。


 そうなれば、もう──


「うぅ……っ、ぅ……」


 悔しさと恐怖で、瞳からは、とめどなく涙が溢れ出した。だが、涙を流しつつも、姫奈の意識は、ゆっくりと閉じていく。


 凍えた身体は、ずるずると沈みこみ、止まらないカウントダウンを見つめながら、姫奈は静かに目を閉じた。


 もう、だめ。

 きっと、このまま気を失って、死ぬのだろう。


 爆弾を止められず、誰一人助けられず……


「ぅ……っ、うぅ……っ」


「────」


「……?」


 だが、その時、微かに声が聞こえた気がした。

 遠くの方で、叫ぶような声。


 姫奈は、閉じかけた意識を、かろうじてつなぎ止めると


(皇……成……く…ん……?)


 


 

 

 

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