第100話 再会


(皇……成……く…ん……?)


 不意に、皇成の声がした気がして、姫奈は、閉じかけた意識を必死につなぎ止めた。


 だが、うつらうつらと閉じかけた意識は、また姫奈を深い闇の中へと落としていく。だが、その時


 ドン!!!──と、強く扉を叩かれ「姫奈!!」と、はっきりと声をかけられのがわかった。


 外から、誰かが、必死に扉を叩く音。そして、その人物が誰かわかった瞬間、姫奈の瞳からは、また涙が溢れた。


「皇……せぃ…く……っ」


 安堵と同時に、胸がいっぱいになった。


 助けに来てくれた。

 見つけてくれた。


 でも、叫びたくても、上手く声が出せなかった。

 出るのは蚊の鳴くような、か細い声だけで、外の皇成まで届かない。


 でも――


「……げて……っ」


 カウントダウンの止まらないパソコンの画面を見つめて、姫奈はそれでも必死に声を発した。


 残り時間が、もう6分しかない。


 爆弾は止まらない。

 止め方も、わからない。


 ここにいたら、皇成くんまで――


「お願……ぃ……にげ……て……っ」





 ***




「姫奈!!」


 扉の前で、皇成は必死に叫んだ。


 矢印様が、教えてくれた場所は、今はもう廃ビルと化した、音楽スタジオだった。

 地下から順に、そのフロアに姫奈がいるかどうかを聞きながら、7階まで上がってきた。


 そして、この7階の部屋に姫奈がいると、矢印様は采配し、皇成は必死に呼びかけるのだが、どれだけ叫んでも、中からは全く返事がなかった。


(姫奈……無事なのか?)


 大きな不安が胸の中に渦巻いた。連れ去られてから、もう、かなりの時間がたつ。たとえ生きていたとしても、心身ともに無事とは限らない。


 だけど、一度、死んだと聞かされ、打ちのめされたせいか、今は生きていてくれたら、それだけでいいとすら思う。


「姫奈!!――――ってぇ!? くっそ、もっと鍛えてりゃ良かった……ッ!」


 拳を握り扉を殴りつけるも、皇成の貧弱な力では、びくともしなかった。

 こんな時、橘君や鮫島君なら、一発でかっこよく開けられんだろか?


 今まで、のほほんと生きていた自分に腹が立つ。

 守るにも、救うにも、力がないと守れないのだと実感する。


『あの逞しかった勇者様が、こんな腑抜けに成り下がっていたなんて、女神はがっかりです』


「……ッ」


 すると、またあの女神の憎たらしい言葉を思い出した。前世だか何だか知らないが、勇者なんてすごい奴と比べられて、ちょっとムカッとした。だが、言われてみれば、その通りだ。


 自分は、貧弱すぎる。考え方も子供で、覚悟も自覚も、何もかもが足りない。

 

 でも、それは、ずっと矢印様に甘えてきたから。


 矢印様が、常に幸せな方へ導いてくれたから、強くなる必要も、賢くなる必要もなかった。今の自分のままで、何も困らなかったから。でも……


「姫奈!!」


 ドン!!!──と、渾身の力を振り絞って、扉に体当たりをした。


 どれだけ体が痛みを発しようが、もう、なりふり構っていられなかった。弱くても、力がなくても、やらなきゃいけない時がある。


 守りたいって思った。

 矢印様に逆らってまで、彼女を選んだんだ。


 姫奈との『未来』を。

 たとえ、それが、茨の道だったとしても――


 バタン――!!!

「うわッ!!?」


 肩が外れるくらい何度か体当たりした後、突如扉が壊れた。

 廃ビルと化し、老朽化していたのもあったのかもしれない。扉があいたと同時に、皇成は中に倒れこんだが、その後すぐに起き上がり、姫奈を探した。


「姫奈……?」


 すると、薄暗い部屋の中で、姫奈が倒れているのが見えた。

 パソコンの青白い光に照らされながら、ピクリともしない姫奈の姿。皇成は、それを見て、慌てて駆け寄り、姫奈を抱きかかえる。


「姫奈!! 姫奈、大丈夫か!?」


 声をかけ頬に触れれば、抱きかかえた身体は、氷のように冷めたかった。無理もない。こんなにも寒い中、暖もとれず、この廃ビルの中に閉じ込められたいたのだから。

 だけど、息をしているのはわかって、皇成は、早急に自分のコートを脱ぐと、それを姫奈にかぶぜ、同時に首に巻いていた緑色のマフラーを姫奈の首に巻きつけた。


 散々走り回って、体温が上がっていたせいか、皇成のコートとマフラーはとても暖かく、そのぬくもりに触れた瞬間、姫奈が、ゆっくりと目を開けた。


「皇……成、く…」

「姫奈、良かった……!」


 目があった瞬間、皇成は、姫奈を抱きしめた。


 見た感じ、どこにも怪我はなさそうだった。何より、こうしてまた会えたことが嬉しくて、皇成は姫奈を抱きしめる腕に、更に力を込める。


「よかった、無事で……ッ」


 よかった。

 生きていてくれたよかった。


 すると、そんな皇成の言葉に、姫奈もゆっくりと手をあげ、まるですがりつくように、皇成に抱きついた。

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