第70話 解放


 橘と金森が、パトカーに乗り、桜川の町を捜索中、また警察無線から女性の声が響いた。


『警視庁より各局、警視庁より各局。津釣 要が運転すると思われる車両が、2時間前、坂上から浮田方面に向かったことが、民家の監視カメラにより確認。捜査中の車両は、浮田方面を──』


 あれから盗難車の車種やナンバーがわかり、聞き込みなどを重ね、十数件の目撃情報が上がった。


 それにより、橘たちは、ぐるぐると桜川の町を捜索しているのだが、黒のワゴン車の目撃情報は、地域がバラバラで、ルートも一定ではなかった。


 どうやら、どこかに直接向かったのでも、街から出ようと検問前を行ったり来たりしているわけでもなく、街の中を撹乱するように動き回り、目的地を特定されないようにしているようだった。そして、なにより


「目撃情報が、多すぎますね」


 無線を聞き、金森が渋い顔をする。


 黒のワゴン車なんて、そこら中にいる。警察に寄せられた目撃情報が、全て津釣の車とは限らず、捜索は難航。


 だが、事件発生から3時間半。今は、その目撃情報を頼りに、ひたすら探し回るしかなかった。


「でも、なんででしょうか? てっきりは女性を人質に、無理やり検問を突破する気なんだろうと」

「そんな無謀なことはしないってことだろ。それに、この3日間、ずっと逃げずに桜川に潜伏していたのなら、なにか、別の目的がある可能性もある」

「別の? 女性に直接、恨みがあるとかですか?」

「その線もないか調べてはもらってる。その子の家族にも、連絡がついたみたいだからな」

「そうですか、ご家族も辛いでしょうね。娘が誘拐されたなんて……しかし、通報者の彼氏はどこに行ったのでしょう?」

「…………」


 金森の話に、橘は眉をひそめる。


 現場から、連絡がとれたコンビニ前まで、通報者である少年の保護に向かったが、彼は、どこにもいなかった。


 まぁ、彼女が誘拐されたのだ。

 じっとしていられない気持ちは分かる。

 のだが……


「はぁ……できれば、じっとしてて欲しいんだがなぁ」


 まだ高校生。その少年まで巻き込まれたら……そう不安視しすると、橘は深くため息をつき、ひたすら車を走らせた。



 ◆


 ◆


 ◆



(あ、パトカー……)


 廃ビルの中、姫奈が座り込みうずくまっていると、遠くのほうで、パトカーが通ったのが見えた。


 外は、とても穏やかに見えた。


 観覧車は今も優雅に回っていて、みんな楽しくクリスマスをすごしているのだろうと思った。


 そして、本当なら、自分もそのうちの一人になるはずだったのだ。


 皇成と一緒に、クリスマスを過ごすはずだったから……それなのに──


「でーきた♪」

「……ッ」


 瞬間、男が声を発した。


 あの後、食事をとった男は、木箱の上にパソコンを広げて、何かを始めた。


 姫奈に背を向け、ひたすら2時間ほど。


 部屋の中には、カタカタとキーボードを打つ音と、パチンパチンと何かを切る音が、ずっと響いていて、そしてそれが、今やっと終わったらしい。


 でーきた──と、まるで子供のような声を上げた男は、とても楽しそうに笑いだす。


(なにが、出来たの……っ)


 不安は、ずっと消えないままだった。

 気を間際らわせようと、外を見ても、紛れるはずもない。


 なにより、手は拘束され、口も塞がれたままで、ずっと息苦しかった。

 それでも、矢印さまは、皇成も警察も探してくれてるといっていたから、微かに望みは持っていた。


 だが、こんな広い町の中から、見つけ出すことなんて、本当に出来るのだろうか?


 矢印さまが使える皇成だって、限界はある。

 矢印さまは、一日に多量に使いすぎると、体力と精神力をガッツリ削られるから。

 それも重大な采配になればなるほど、それは顕著にでるわけで。そうなると、やはり探し出すのにも時間はかかる。


 ──カタン


「……ッ」


 瞬間、男が立ち上がった。


 そして、ゆっくりこちらに近づいてくる男を見て、姫奈は体を強ばらせる。


 きっと、何か始まる──そう確信したから。


「それ、息苦しいよね? 剥がしてあげようか」


 すると、座り込む姫奈の前に片膝をついた男は、何故か、姫奈の口からガムテープを剥がし、拘束していた手を解放する。


 バリッとガムテープがはがされる音と、肌が引っ張られる感覚。


 だが、やっと手が自由になり、喉から新鮮な空気を取り込むことができたというのに、姫奈の心は、安心どころか、更に不安になる。


 今、ここで拘束を解いたのは、何故なのか?

 男の目的が、全くわからない。


「喉、かわいたんじゃない? 水飲んでいいよ」

「……っ」


 目の前に、未開封のペットボトルを出されれば、姫奈はゴクリと息を飲んだ。


 正直、喉は乾いていた。

 でも……


「い……らない」


 初めて、男に向けて言葉を発する。

 すると、男は


「……そっか。まぁ、飲むわけないよな、誘拐犯が出したものなんて……ま、ここに置いとくから、飲みたくなったら飲んでよ。別に毒とか入ってないから」

「…………」


 そういった男は、姫奈をみつめて、また妖しい笑みをつくる。一見、人の良さそうな顔をしていても、その笑みが、姫奈には恐ろしくて仕方ない。


「ねえ、時間ないから、手短に話すよ」


 すると、男は、また姫奈を見つめたあと、パソコンの方へと戻り、木箱に腰掛けた。


 そして、言ったのだ。


「俺と、をしない?」


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