第71話 爆弾魔の論理
※注意※
一部不快な表現があります。
人によっては、心を抉る表現、もしくは頭にくる表現になるかもしれません。
ですが、その言葉を、これまでに使用してきた方々を、攻撃する意思は一切ありません。
あくまでも、何かを考えるきっかけ作りとして、このような表現をしております。
物語の一部として、寛大なお心で、お読み頂けると幸いです。
◆◆◆◆◆
「俺と、ゲームをしない?」
その言葉に、姫奈は目を見開いた。
「ゲ……ゲーム?」
「うん、外に見えるだろ、観覧車。あの真下に、使われてない倉庫があるんだけど、そこに大量の爆弾を仕掛けてきたんだ」
「え……?」
平然と、それでいて余裕ありげに言った男に、姫奈は唖然とする。
(爆弾……?)
意味が、わからなかった。
いや、分かりたくなかった。
窓の外を見れば、観覧車は、今もゆっくりと回り続けていた。きっと、あの観覧車には、今も、たくさんの人が乗っている。
それに、観覧車だけじゃない。
今日は、クリスマス・イブで、あのショッピングモールは、いつも以上に人が溢れてる。
「俺、一年くらい前から、あのショッピングモールで警備員やっててさ。ここ数ヶ月で、仕事しながら、コツコツ爆弾はこんでたんだ。まぁ、もう目的は果たして辞めちゃったけど、使われてない倉庫だった上に、あの倉庫の鍵は、俺が偽物とすり替えてきたから、入ろうと思っても誰も入れないよ」
その倉庫の鍵なのだろう。男は、クルクルと指先で鍵を回しながら、楽しそうに言った。
心臓は、痛いくらい鼓動を刻んでいた。
観覧車の真下に、爆弾が仕掛けられている。
そして、それを理解した瞬間、姫奈は、最近よく耳にした、"連続爆破事件"の話を思い出した。
この桜川に隣接するいくつかの街で、何件か起きていた爆破事件。確か犯人は、まだ捕まっていないといっていた。
じゃぁ、この人が──あの爆破事件の犯人?
「な、なんで、そんなこと……っ」
怖々と顔を歪めながら、姫奈が問いかければ、男は「そうだなー」と、また観覧車を見つめながら、ニッコリと答えた。
「リア充を爆発させたいんだ」
「え?」
だが、それは、あまりにも理解に苦しむ言葉で、姫奈は衝撃に受けた。
空いた口が塞がらない。
意味すら分からない。
「リア……充?」
「あぁ、だって、みんな言ってるだろ。『リア充なんて爆発しろ』って。だから、俺が代わりに、爆発させてやろうと思って」
「……ッ」
その瞬間、背筋がゾッとした。
表情が、これまでにないほど青ざめれば、指先はカタカタと震え始める。
(なに言ってるの、この人)
代わりに……爆発させる?
「君もSNSやってるなら、見たことあるだろ。今日も、朝から呟かれてた『リア充、爆ぜろ』って。ぶっちゃけ、もう死語だと思うんだけとねー。何年経ってもなくならないよな、この言葉」
「ま、待って……そんなの、みんな冗談で……っ」
「へー、じゃぁ皆、冗談で、人に死ねなんて言ってるんだ」
「……っ」
「ねぇ、冗談だったら、何言ってもいいの? 悪気がなければ、何してもいいの? 匿名だったら、人を傷つけてもいいの? 冗談で『死ね』なんて言われた相手の気持ち、ちゃんと分かって言ってんのかな?」
「…………」
男の言葉に、心の中が混濁する。姫奈自身、それはあまり好きな言葉ではなかった。
だけど、学校でもよく耳にする言葉ではあって、あくまでもネタとして、聞き流していた。
なにより、浸透しすぎたその言葉を、深く考えることすら、最近は一切なかった。
「この怪我、酷いだろ」
すると、男は自分の服を捲りあげ、腹部を晒した。そこには、深く抉られたような傷跡が何本も、男の身体に巻き付くように刻まれていた。
「……っ」
「俺さ、中学の時、かなり酷いイジメを受けてたんだ。学校に行く度に『死ね』だの『消えろ』など言われてた。それで限界がきて、一度、死んだんだ」
「死んだ?」
「ああ、自殺したんだよ。一回マジで心臓止まって、運が良かったのか悪かったのか、生き返った。この傷は、その時出来た傷、腹だけじゃなく、身体中にある……でさぁ、その後学校で、かなりの騒ぎになったんだよ。イジメてたヤツら、みんな呼び出されて、俺に謝罪してくれたんだけど、アイツらなんて言ったと思う? 『死ねって言葉は、冗談のつもりだったんだ』って『本当に死のうとするなんて思わなかった』って」
「……っ」
男は、今も笑みを崩さなかった。
だが、その話には、自然と心が傷んだ。
酷いイジメを受けて、自殺をするほど追い込まれ、苦しんでいた。
それは、あまりにも悲しいことだと思ったから。
「なぁ、今の世の中、自分の言葉に責任を持てないやつが、多すぎると思わないか? だからさ、分かってない奴らに、分からせてやろうと思って」
「……わからせる?」
「あぁ、俺このあと、警察に自首しに行くんだ」
「え……?」
自首──その言葉に、姫奈は瞠目する。
つまりそれは、自ら警察に行き、罪を認めるということだから。
「な! じゃぁ、なんで爆弾なんて……!」
「あはは。分かってないなー。ねぇ、警察が一番は、気を抜く瞬間っていつだと思う。やっぱり、犯人捕まえた時だと思うんだよね。だから、捕まえさせてやろうと思って」
「……え?」
「だって、犯人を捕まえたら、もう捜査は終了。残りの火薬がどこにあるかを聞かれたら『海に捨てた』といえばいい。そしたら、警察が、そのあと捜索するのは、ありもしない広大な海の中だ。そして俺は、警察が気を抜いてるのをいいことに、観覧車にしかけた時限爆弾を確実に爆破できる」
「……っ」
「そして、犯行の動機を聞かれたら、言ってやるんだよ。『みんなが、リア充を殺して欲しいと願っていたから、俺が代わりに叶えてやったんだ』って……そしたら、みんな自分の言葉の重さを顧みるだろ。自分が冗談で言っていた言葉のせいで、大量に人が死ぬ。もう冗談でなんて言えなくなる。少しは、マシな世の中になるかもしれない。まぁ、中には、昔それを言ってたヤツらが、今回リア充として死ぬ場合だってあるかもしれないけどな」
「…………」
男の言葉に、姫奈は、息もできないほど動揺していた。
確かに、犯人が捕まったら、警察は爆弾魔の捜索をやめるだろう。観覧車の真下に、まだ爆弾があるなんて気づきもせず……
だが、分からないことがあった。
爆弾は、観覧車の真下にある。彼が自首をし、警察が捜査を辞めれば、リア充を爆破させたいという彼の目的は果たされる。
だけど……
「じゃぁ、私は、なんのために……ここにいるの?」
分からなかった。
自分が、彼に連れ去られた目的が──
「だから、さっき言っただろ。俺とゲームをしようって。それに君、何となく似てる気がしたんだよね」
「……似てる?」
「あぁ、前世の俺が、殺されるきっかけをつくった女に」
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