第69話 イタズラ電話
それから、数時間後。
とあるマンションの5階では、ずっと文字を読んでいた
このボッチが電話をかける友達は、はっきりいって誰もいない。だが、先日一人だけ連絡先を交換した人物がいた。
それが、新聞の先輩である、長谷川 蘭々だ。
「すみません、長谷川先輩。いきなり電話をかけてしまって」
『うおぅ! これはこれは、四月一日君! ごきげんよう!』
電話が繋がると、その先からは、すぐさま長谷川の甲高い声が響いた。
学校と変わらないテンションに、思いのほかホッとしつつも、四月一日は、手短に要件を伝える。
「先輩、すみませんが、今日は観覧車に乗るのはやめませんか?」
『え?』
四月一日の言葉に、自宅でゲームをして長谷川がキョトンと首を傾げる。
終業式の日、長谷川は四月一日と一緒に、ショッピングモールにある観覧車に乗ると約束をしていた。
クリスマスに、あの観覧車に乗れるのは、レア中のレア!
それにより、今日の夕方6時にショッピングモールで待ち合わせをし、一緒に夕飯を食べたあと、観覧車に乗ろうと話していたのだが……
『なんと! やっぱり、観覧車より文字を取るんですね! 四月一日くん、先輩は、君の将来が心配です!』
「違いますよ。別に文字を取ったわけではありません。今、桜川で事件がおきてるのは知ってますか?」
『え? 事件?』
常にハイテンションな長谷川の声が、その言葉と同時に下がる。すると四月一日は、先程見た事件の内容を、長谷川に話し始めた。
「女子高生が誘拐されたらしく、市から防犯メールが届きました。犯人はまだ捕まってないみたいですし、今、出歩くのは危険ではないかと……先輩に、もしものことがあったら困りますし」
『え、私に……』
どうやら、長谷川のことを心配しての提案だったらしい。
その後、長谷川は、ゲームを置きスリープ状態のパソコンを起動すると、すぐに事件を検索する。
すると、確かに、自分たちが住むこの桜川の町で、女子高生が連れ去られた事件が起きていた。警察は検問を張り、一刻も早く女性を保護しようと尽力しているとのこと。
だが、こんな物騒な事件がおきているなら、確かに、外出は控えた方がいい。
『これは、怖いですね……じゃぁ、残念ですが諦めるしか』
「すみません。楽しみにしていたのに」
『なぜ、四月一日くんが謝るのですか。これは、誘拐犯がいけないんですよ! 警察にはとっとと捕まえてもらわなければ! それにほら! 事件が解決すれば、行けるかもしれませんし!」
「まぁ、そうですね」
『それより、女子高生って、うちの学校の生徒ではないですよね?』
「さぁ、そこまでは載っていなかったので」
『うーん、無事だといいのですが……』
同じ年頃の女の子が誘拐されたとなると、やはり、他人事ではなかった。
それも、こんなにも賑わうクリスマス・イブの日に、こんな悲惨な事件がおきるなんて。
長谷川は、不安げままパソコンの記事を見つめると、その後、四月一日との電話を切った。
◇
◇
◇
「主任ー! またかかって来ましたよ、イタズラ電話!」
一方、四月一日達が行く予定だったショッピングモール内では、20代の若い女性店員が、40代の上司に苛立つような声を上げていた。
現在の時刻は、2時前。
なんと、この店の店員たちは、昼前から何回とかかってくるイタズラ電話に、現在、悩まされていた。
若い高校生くらいの男から、かれこれ一時間おきにかかってくるのだ。
しかも、その内容は『今すぐ、観覧車を止めてくれ!』というもの。
「またかよ。これで何度目だ?」
「3回目ですよ、3回目! 良くないことが起きる気がするから、止めてくれーって!」
「なんだよ、良くないことって……こっちも忙しいってのに、いい加減、諦めてくんねーかなぁ」
主任と呼ばれた男が、ため息をつく。
クリスマス・イブのイルミネーションイベントは、このショッピングモールにとっても、一大イベントだ。
激戦とも言われるチケットを手に入れた人達は、この日を、まだかまだかと、待ちわびていたことだろう。
だからこそモール側も、そう簡単に観覧車を止めることは出来ないし、イベントを中止するなど、もってのほか。
「次、かかってきたら、俺が一喝いれてやるよ」
「本当ですか、助かります! しかし、毎年きますよね。こういう電話やメール。まぁ、今回は、やたらとしつこいですけど」
「どうせ、観覧車のチケットが当たらなかった、腹いせだろ? それか、リア充ねたんでる非リアの仕業か……全く、他人の幸せぶち壊そうなんざ、ロクなやつじゃねーな」
一年に一度のクリスマス・イブ。
せっかく天気にも恵まれ、最高のイルミネーションをお届けできそうなこの日に、そんなイタズラめいた電話がかかってくるとは、なんとも悲しいことだ。
だが、よくあることでもあるので、少し慣れっ子にもなっていた。
「とりあえず、イタ電には、聞く耳もたなくていいから。それより、イベントの準備は大丈夫か」
「はい、バッチリです! 今年も、最高のクリスマス・イブになるといいですね!」
女性店員が、朗らかに微笑む。
だが、最高のクリスマス・イブになると思われたこの日が、後に最悪なクリスマス・イブと化すことを、この時の店員たちは、想像もしていなかった。
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