第3話 姫奈ちゃんは高嶺の花


 人は、負けいくさというものを嫌う。


 それは、はるか昔、戦国時代よりも前から変っていないことで、武将たちは、必死に知略を巡らせ、勝つための手段を考えていた。


 そして、それは現代でも同じ。特に告白という恋の駆け引きには、みな慎重になる。


 大抵の場合、成功する見込みがなければ、告白をしない。まぁ、中には行き当たりばったりなナンパ野郎もいるが、誠実で一途なタイプは、やはり色々考えるのだ。


「えぇ!? ついに告白するの!?」


 11月22日──桜川中央高校さくらがわちゅうおうこうこう、2年B組の教室の中で、友人の大河たいがが大きく声を上げた。


 前のめりになり、目をらんらんと輝かせる大河。それをみて、皇成は、ちょっとだっけ打ち明けたことを後悔する。


「誰にも言うなよ」

「言わない、言わない! でも、そうかー。ついにかー」


 しみじみと、そして、どこか嬉しそうに笑う大河に、ちょっとだけ気恥ずかしくなった。


 なぜなら、碓氷姫奈は皇成の初恋の相手。……ということは、今まで一度たりとて、皇成は告白というものをしたことがない。


 つまり今日は、初告白記念日となるわけなのだが


(やばい、めちゃくちゃ緊張してきた……っ)


 決戦は、放課後。だが、この告白記念日は、華々しく散る運命にある。


 なぜなら皇成は、今日、碓氷姫奈にフラれるのだから。


 こういう時、矢印さまの采配を聞いていなければ、多少の奇跡も期待できたかもしれないが、残念ながら、そんな期待は一切持てない。


 通算65回目。今日の朝に行った”最後の采配”でも、矢印さまはしっかりと『告白してはいけない』を選択した。そう、これは、どう転んでも結ばれない。


「皇成! 俺、応援してるから!!」

「あ、あぁ……ありがとう」


 力いっぱい放たれた大河の応援が、胸に刺さった。だが、どのみち、碓氷姫奈に告白して、その恋を実らせるのは、皇成でなくても至難の業だった。


 なぜなら彼女は、今まで誰一人として、


 これまでに、運動神経抜群なサッカー部の部長(爽やか系イケメン)、全国模試二位のインテリ系同級生(眼鏡なイケメン)などなど、カースト上位から下位の平凡系男子まで、さまざまな男たちが、碓氷姫奈に告白したが、その返答は必ずと言って、NO。


 話によれば、未だに橘君への思いを引きずっているだとか、男性恐怖症らしいとか、いろいろ噂はあるが、この学校の人間は、口をそろえて言うのだ。


 碓氷 姫奈は、高嶺の花。

 絶対に落とせない、難攻不落の城だと。


 ――そんなわけで、皇成も、はなから期待などしていなかった。矢印さまの采配に加えて、その世間から見た碓氷姫奈への評価が、矢神皇成は、必ずフラれるということを物語っていた。


「それより、放課後どうやって呼び出すの? 俺、なにか手伝えることがあったら協力するよ!」


 すると、お弁当を広げながら、大河がまた話しかけてきた。


 フラれる確率が格段に高い友人の恋を、こうして応援してくれる。自分は、本当に良い友人を持ったと思う。


「問題は、そこなんだよな。どうやって呼び出せばいいと思う?」

「考えてないの?」

「考えたんだよ! 夜も眠れず考えたんだよ! だけど、なかなか、いい案が思い浮かばなくて」


 昨日の夜から、色々考えた。だが、せめて二択まで絞れたら、矢印さまに聞くことができるのに、どこがいいのか? はたまた、どんな言葉で告白すればいいか? など、経験がない皇成には、全く思い浮かばなかった。


(フラれるって分かってんのに、呼び出すだけで、こんなに悩むなんて……!)


 しかも負け戦に向かうのに、告白する時の絶好のシュチュエーションとか考えていたりする。


 いや、でも人生で初めての告白だし!

 ずっと、好きだった女の子を相手にするわけだし! 適当なことはしたくない!!


「あぁぁ、どうしよう! せめて二択にまで絞れたら!!」

「また二択? 皇成って二択まで絞ったら決めるの早いけど、それまでめっちゃ悩むよね?」

(しかたねーじゃん! 二択まで絞ったら、矢印さまが教えてくれるんだから!!)


 だが、その後も決められず、うだうだ悩んでいると、気難しい顔をする皇成を見て、大河が色々提案してくれた。


「うーん……告白っていったら、やっぱり定番は屋上とか?」

「屋上? ……って、漫画じゃあるまいし! ていうか、うちの高校、屋上解放されてねーし」

「じゃぁ、裏庭?」

「あそこは、不良のたまり場だから却下」

「えー、じゃぁ、どこがいいかなー。俺いつも空気読まず、気持ちもままにいっちゃうからなー」

「お前は、空気読まなさすぎなんだよ」


 だから、女装した男子に一目惚れしたりするんだよ。でも、その悩まなくて済むお気楽な性格は、皇成にとっては羨ましい限りだった。


「あ……図書室とか?」

「図書室?」


 だが、はっと思い出したように、大河がそう言って、皇成は首を傾げた。


「図書室で告白するのか?」

「だって、碓氷さん、図書委員やってるし、今日は丁度、放課後の係になってたはずだよ。本も好きみたいだし、好きな本に囲まれての告白とかロマンチックでいいんじゃない?」

「ほー……」


 思わず、感心してしまった。

 確かに、告白の場所を、相手の好みに合わせるのは、なかなかいい案かもしれない。


「なるほど。じゃぁ、放課後、図書委員の仕事が終わるのをまって、図書室に乗り込めば……!」

「そうだよ、皇成! 頑張れ!!」

「おぉ、頑張る!!」


 ――て、フラれるのに、何言ってんだ!


 今まさに、をしてるというのに、無意識に気持ちが高ぶってしまった。下手をすれば、これから図書室が苦い思い出に場所になってしまうかもしれないというのに……そんなことを考えながら、皇成もお弁当を広げ始めた。


 放課後までは、あと数時間。

 きっと、今日は人生で最悪な一日になる。


 だけど、同時に新しい始まりの日でもある。


(よし……今日、図書室で、俺は碓氷さんに告白する!)


 そして、バッサリフラれて、区切りをつけるんだ。

 12年間、思い続けた、この初恋に—―




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