第2話 幼馴染は、もう他人


「ただいまー」


 大河たいがと別れたあと、夕方になり皇成こうせいは自宅にもどってきた。

 

 モダンでスタイリッシュなこの家は皇成が、小学一年生の時に建てられた一軒家だ。


 二階建ての4LDKには、広々としたリビングダイニングと、L字型のキッチンがあって、トイレも一階と二階に一つずつ。


 そのうえ、収納も多いし、広めのロフトまであるため、4人暮らしの皇成たちにとっては、実に暮らしやすい家だった。



「皇成、おかえり~」


 リビングに入ると、母親の矢神やがみ 麻希まきが声をかけてきた。


 茶髪で、ふわふわのボブヘアーをした麻希は、なかなか料理上手なお母さんだ。最近はSNSにハマっているらしく、よくキャラ弁とか作って、ツイスタにアップしたりしている。

 まぁ、息子にとっては、なかなかに恥ずかしくて『いいね!』が押しづらいのだが……


「ただいま、今日の夕飯なに?」

「今日は、よー」


 丁度キッチンで、夕食の準備をしていたらしく、皇成が麻希に問いかければ、またまた『矢印さま』の采配さいはいがあたってしまった。


(よっしゃ! 唐揚げ、食ってなくてよかった……!)


 流石、矢印さま! 昼と夜、立て続けに唐揚げを食べるという未来を見事に回避し、トンカツを食べさせてくれた!


 皇成は、心の中でガッツポーズをとりながら、バッグを置くと、ソファーに座りゲームをしている弟の横に腰かけた。


 弟の名前は、矢神やがみ 優成ゆうせい

 皇成の五つ下の弟で、現在小学6年生。


 だが、そのゲーム画面をみれば、そこには三つの選択肢があって、優成はどれを選択するべきか悩んでいるようだった。


 ちなみに、選択肢は


 >戦う

 >お金を差し出す

 >逃げる


 の3つ。皇成は、弟の選択を、そっと見守っていた。基本、皇成はきかれなければアドバイスしないし、ゲームまで、矢印様に頼ろうとは思わない。なぜなら、ゲームはやり直しがきくから。


 だが、現実はそうはいかない。


 選択を間違えば、人は傷つき、後悔し、時に挫折する。だけど、皇成は、これまであまり挫折というものを味わったことがなかった。


 なぜなら、皇成は物心ついた頃から『矢印さま』と一緒にいるから。


 だが、残念ながら、子供の頃は、ただ悩んだ時に目の前に矢印が現れていただけで、その使い道をよくわかっていなかった。


 そして、そんな皇成が、この矢印の使い方を理解したのは、わずか3歳の時──


『お母さん、このやじるし、じゃまー!』


 今となっては、かなり罰当たりな話だが、昔は、目の前に唐突に現れる矢印が邪魔で仕方なかった。


 そして、そのイライラが爆発して母にそんなことを言ってしまったばかりに、親には、かなりの心配をかけた。


 まぁ、いわゆる何かの病気を疑られ、すぐさま病院(眼科)に連れていかれたのだ。


 無理もない。息子が、目の前に『矢印』が見えるなどと言っているのだ。そりゃ、心配にもなる。


 だが、視力検査をしても、脳の検査をしても異常は見当たらず、結局、子供の戯言ざれごとと処理された。


 だが、その病院での出来事をきっかけに、皇成は、矢印の使い道を、しっかりと理解することになる。


『かみさま、やじるしさんは、ぼくのですか? ですか?』


 そんな質問を、初めて念じたのだ。


 すると、その直後だった。目の前に2枚プレートが現れて、幼い皇成はおどろいた。


 もちろん字なんて読めない頃だったから、プレートには、その時、好きだった《ヒーロー》と《悪役》のイラストが描かれていて、そして、いつも邪魔だったその矢印は、その二つのうち《ヒーロー》の方をさしたのだ。


 それから、矢印が自分の味方だとわかって、皇成は、ことある事に矢印に聞きまくった。


 もちろん、邪魔だとも思わなくなり、他人には見えていないことも、なんとなく理解した。


 ちなみに、この矢印は、しか機能しない。三択以上、つまり複数の中から『どれを選べいい?』と矢印様に尋ねても、矢印さまは答えてくれないのだ。


 選択肢は、。これが、矢印様に尋ねる時の最低限の条件だ。


 ついでにいうと、この矢印の一番辛いところは、やっぱり、普通の人には見えないこと。


 当然といえば、当然だが、この話をしても全く理解されない。それどころか、バカにされたり、嘘つき扱いされることもあって、小学校に上がる頃には、自然と人には話さなくなった。


 だけど、そんな中、一人だけバカにしなかった人がいた。そして、それが、あの──碓氷うすい 姫奈ひなだった。


 何を隠そう。皇成と姫奈は、幼稚園の時よく遊んでいた幼馴染だった。


 今は、一軒家を建て引っ越した矢神家だが、皇成が幼稚園の頃は、街の市営住宅で暮らしていて、そして、その時、隣に住んでいた家族が、姫奈の家族だった。


 矢神家と碓氷家。家族構成はほぼ同じで、両親に子供が二人。その中でも、皇成と姫奈は、年が一緒で幼稚園も一緒だったからか、よく、お互いの家に行きし遊んでいた。


 そして、その時に一度だけ、姫奈に『矢印』の話をしたことがあった。

 

 また、バカにされるかもしれない。きっと、信じてもらえない。そんな気持ちもあったが、彼女は


『皇成くん、すごーい! 矢印が視えるなんて!』


 そういって無邪気に笑ってくれた姿が、今でも心に残っていて、幼いながらに、とても嬉しかったのを思えてる。


 だけど、小学一年生の時、矢神家は市営住宅から一軒家に引っ越すことになって、それまで、ずっと一緒に遊んでいた姫奈とは、あまり遊ばなくなった。


 なぜなら、二人が遊んでいたのは、学校外の時間だけで、学校では、それぞれ別の友達と遊んでいたから。


 だが、子供の頃の幼馴染なんて、そんなものだ。


 話す機会がなくなれば、それはもうただのクラスメイトと化して、幼馴染なんて称号はあっさりなくなる。


 そして、その称号をなくしてから気づくのだ。自分は、姫奈ちゃんの事が好きだったのだと……


(今、『碓氷さんの幼馴染です』なんて言ったら、怒られそうだな?)


 片や冴えない男子高校生で、片や人気者の超美少女。なんで同じ市営住宅に住んでいたのに、こんなにも変わってしまったのか?


(そりゃ、矢印様も『告白するな』って言うはずだよなー……)


 ソファーに、深々ともたれかかると、皇成は小さく息をついた。


 ちなみに、皇成にとって一番の苦い経験は、その姫奈ちゃんが、自分のに恋をしてしまったこと。


 友人の名前は、たちばな 隆臣たかおみ君。身長が高く、落ち着いた雰囲気のイケメン君だったからか、その頃から、皇成には勝ち目がなかった。


 とはいえ、その橘君も、小学五年生の時に転校してしまったから、姫奈ちゃんも告白することなく終わってしまったらしいが……


 そんなわけで、皇成は小学生からではなく、幼稚園からの初恋を未だに引きずっているわけなのだが


(なんか、女々しいよな。早く諦めて、次に行くべきなのに……っ)


 自分で自分が情けなくなってきた。


 今、高校二年生。それも、もう半分が過ぎた。青春は待ってはくれない。そりゃ、大河だって『いつ告白するの?』って聞きたくもなる。


 だが、矢印様は、いつも《告白してはいけない》を指してしまう。つまり、これは『告白したらフラれるよ!』と言われているようなもので、確実にフラれる未来が分かっているのに、どうして告白なんてできようか!?


「あ~! しまった、しくじった!?」


 すると、横でゲームをしていた弟の優成ゆうせいが、突如、崩れ落ちた。どうやら、三つあった選択肢の『戦う』を選んで、見事負けてしまったらしい。


「くっそ、あと少しだったのに!!」

「はは、残念だったな。素直に『逃げる』押しときゃ良かったのに」


 皇成が思うに、弟の『戦う』の選択肢は、かなり無謀だった。奇跡でも起きなくては勝てないレベル。だけど、弟は、知ってか知らずか『戦う』と選択したのだ。


「しかたねーじゃん! 俺の魂が、戦えと言ってたんだ! 人には、負けると分かっていても、戦わなきゃいけない時があるんだよ!」


「すげーな、お前。勇者みてー」


「そういう兄貴は、勇者にはなれないタイプだよな! やる気ねーし、華もねーし、それだから初恋も実らねーんだよ」


「……うるせーな」


 小6の弟の言葉が、グサグサと刺さる。


 だが、実際に幼稚園からの初恋を引きずっている自分には、返す言葉がない。


(負けると分かっていても、戦わなきゃいけない時がある……か)


 だが、その弟の言葉を復唱し、皇成は、再度、姫奈のことを思い浮かべた。


 確かに、ずっとこのままというわけにはいかない。実らない恋を引きずっていたら、新しい恋すら出来ない。


 そう、男ならいさぎよくフラれて、次にいけ!


 矢印さまに頼らない、もう一人の自分が、そういった気がした。


 なにより、はっきりとフラれてしまえば、もう後を引くこともないのだ。皇成はそう思うと


(……そうだよな。ふられると分かっていても、告白すれば何か変わるかも?)


 矢印さまは『告白してはいけない』というが、この恋に早く区切りをつけたい。


 そう思った皇成は、碓氷 姫奈に告白することを決意する。


(よし! こっぴどくフラれて、次に進もう!)


 拳を握り、心の中で意気込む。


 だが、この矢印様の采配を無視し、碓氷姫奈に告白をしてしまったことで、この平凡な日常が、とんでもなく脅かさることになるなんて


 この時の皇成は、全く想像もしていなかった。




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