第1章 矢印様は、いつも正しい。

第1話 人生はイージーモード


 今日は、唐揚げが食べたい──そう思ったはずだった。


 それなのに、ファミレスに入り、メニューを見た瞬間『トンカツもいい』と思ってしまった。


(どうしよう……っ)


 秋も深まる11月。矢神やがみ 皇成こうせいは、メニュー表とにらめっこをしていた。


 家を出た時は、確実に唐揚げ派だった。ニンニクのきいたジューシーな唐揚げが食べたい、そう思っていた。


 それなのに、席についてメニューを開いた瞬間、サクッサクのトンカツが目に入って『あ、美味うまそう』と思ってしまったのだ。


(うーん……参った。唐揚げもいいけど、やっぱりトンカツ? あ、いや……でも俺、唐揚げ食うつもりできたのに)


 ちなみに、現在こうして悩みまくっている彼は、いたって平凡な男子高校生だ。


 髪は一切染髪したことのない純黒だし、身長もさほど高くない168cm。体型はスレンダーで、顔もそこまで悪くはないが、いかんせん、とてつもなく地味だった。


 そう、一言で言うなら――華がない。


皇成こうせい、決まった~?」


 うだうだと悩んでいると、向かいに座っていた青年が声をかけてきた。


 彼の名前は、武市たけち 大河たいが

 皇成にとっては、数少ない友人の一人だ。


 年齢は、皇成と同じく17歳の高校二年生。

 茶色がかった髪はツンツンと跳ねていて、人一倍、陽気で明るい大河たいがは、陽キャとも陰キャともつき合える最強の性格とメンタルを持っていた。


 その上、超ポジティブで、決断力が早く、その柔軟な思考と潔さは、なかなか決められない皇成にとっては、羨ましいくらいだった。

 

 なんでも、先日行った他校の文化祭では、を女の子と勘違いして一目惚れをし、そのまま告白までしようとしたらしい。まぁ、男と知って、寸前で回避したらしいが……


大河たいがは、もう決まったのか?」

「俺は、ツインハンバーグ! ごはん大盛!」

「……ハンバーグか」


 いかん。これ以上迷ってはいけない。

 皇成は、ふっと目を閉じると、心の中で呟く。


(矢印さま、矢印さま。唐揚げとトンカツ、どっちを選べばいいでしょうか?)


 ピコン──! 


 すると、その瞬間、皇成の目の前にが現れた。


 赤と青のプレートだ。右側の赤いプレートには《唐揚げ》と書かれていて、左側の青いプレートには《トンカツ》と書かれていた。


 そして、その中央には《やじるし


 ちなみに、この矢印とプレートは、皇成にしか見えてはいない。


 まるでゲームの画面みたいに、皇成が念じると、皇成の前にだけ"二つの選択肢"が現れて、そして、そのどちらを選ぶのがいいか『矢印さま』が教えてくれるのだ。


(お、決まった)


 すると、矢印がぐらぐらと揺れはじめたかと思えば、それはピコンと片方のプレートをさした。


 矢印がさしたのは、左の青いプレート。──ということは


「俺、トンカツ定食。ご飯大盛で!」


 さっきまで悩んでいたのが嘘みたいに、さっと答えた皇成を見て、大河が、すぐさま呼び出しのボタンを押した。


 こういった時、矢印様に頼れば、いつも最適な答えに導いてくれる。


 皇成はこの矢印で、難なく人生を渡り歩いてきた。


 トランプのババ抜きは、どっちにババがあるか一目瞭然だし、雨が降りそうで降らなそうな時も、矢印さまに聞けば、傘が必要かどうか、すぐに教えてくれる。


 そう、皇成は、これまでの人生、全て矢印様に聞きながら生きてきたのだ。なぜなら、矢印様は、皇成にとって最も良い采配さいはいを振ってくれるから。


 それは、もう100%の命中率で!

 まさに『先見の矢印』と言ってもいいくらいの。


 と言っても、別に"未来予知"が出来るわけではないので、矢印様がさしたあと、何が起こるかは分からない。


 だが、それでも矢印様が指す方向は、いつも"完璧"だった。これで、命拾いしたこともあるし、怪我を回避したことだってある。


 そう、矢印様が付いていれば、人生楽に生きていける。落ち込むこともなければ、苦しむこともなく、ただひたすら、穏やかに──


 それはなんて、幸せなことだろう。


「あ、碓氷うすいさんだ」


 瞬間、大河が声を発して、皇成は顔を上げた。


 見れば、店の入り口から、女子が四人、ファミレスの中に入ってきたのが見えた。


 同じクラスの女子達だ。そして、その中に、一際目を引く女の子がいた。


 ミルクティーみたいな明るい髪の色と、仄かに桜色の唇。長いまつ毛に、整った輪郭。そして、色白の肌。そこら辺の女子より、軍を抜いて可愛いくて品のある女の子。


 名前は──碓氷うすい 姫奈ひな


「碓氷さんも、ファミレスきたりするんだねー」

「……そう、みたいだな」


 大河の言葉に小さく相槌を打つと、皇成は、またメニュー表を見つめた。


 碓氷 姫奈は、学校では、かなりの人気者だった。


 それこそ、大河のいうとおり、ファミレスというよりは、カフェとかの方があってるイメージで、可愛くて垢抜けていて、オマケに頭も良く、先生からの評判もいい。


 ある意味、パーフェクトな美少女。


 だからか、学校では、よく男子から告白を受けていて、いわゆるモッテモテの超リア充。いうなれば、地味で華のない皇成とは、対極にあるような女の子だった。


「そういえば、皇成、いつ告白すんの?」

「え?」


 だが、その後、聞こえた大河の声に、皇成は目を丸くする。


「こ、告白って……?」

「だから、に。皇成、小学生の時からしてるじゃん!」

「だぁぁぁぁぁぁあっ!!!」


 思わず奇声を上げた。まさか本人がいる傍で、そんなこと言われるなんて!!


「大河! お前、空気読め!! 聞かれてたら、どうするんだよ⁉」

「大丈夫だよ、遠いし。それより、なんで告白しないの?」

「な、なんでって……フラれるのがわかってて、告白するバカはいないだろ!?」

「えー、そんなの告白してみなきゃ分からないじゃん! 奇跡が起きるかもしれないし!」

「起きねーよ!!」


 そう、奇跡は起きない。なぜなら、皇成はもう何度と、矢印様に聞いているからだ。


(きっと、また同じなんだろうな)


 大河をたしなめながら、こそっと碓氷 姫奈を流し見て、皇成は再度、矢印様に問いかけた。


(矢印様、矢印様。俺は、碓氷姫奈さんに、告白してもいいですか? それとも、しない方がいいですか?)


 ピコン――すると、また皇成の前に赤と青のプレートが現れた。

 

 《告白していい》と《告白してはいけない》と書かれた二つのプレート。そして、その中央の矢印は、すぐさま片方をさし、止まった。


 矢印が指したのは――《告白してはいけない》とかかれた赤いプレート。


 小学生の頃から数えて、通算64回目。


 矢印様は、一度たりとも《告白していい》に傾いたことがなかった。



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