第4話 初恋は実らない

 

 初恋は実らないと、誰かが言っていた。


 誰だったかは忘れたし、本当かどうかは分からないけど、その統計は間違ってないと思う。


 特に、幼稚園からこじらせた初恋は、そのさいたるものだと思う。


 ついでにいうと、幼馴染との恋も、あまり実らないらしい。漫画や小説の世界なら、余裕で実るんだけど。



◇◇◇



「さようなら~」


 放課後――教室が夕日色の染まる中、皇成は、鞄を持って図書室の前にやってきた。


 図書室は、特別棟の4階。


 夕日が差し込む廊下は、ちょっと幻想的で、どことなく切なさを感じさせた。


 オレンジから赤に変わる空のコントラスト。

 告白するなら、最高に綺麗な空かもしれない。


 だが、それも実れば美談になるが、残念ながら、幼稚園の頃の幼馴染は、今はもう他人になっていて、小学校も中学校も高校も同じだったというのに、もう長いことまともに話をしていない。


 きっと、同じクラスの男子。下手すれば、それ以下の認識かもしれない。だけど、これはしっかりと前に進むためにも、必要なことだった。


(よし……!)


 深呼吸をした後、皇成は図書室の扉を開けた。


 数年前改築してから、綺麗になった図書室。そこには当然のごとく、沢山の本が整然と並んでいた。


 そして、中を見渡せば、人はほとんどいなくて、奥の貸し出しカウンターに二人、女子生徒が残っているだけだった。


 その女子生徒は、今日告白する碓氷姫奈と、もう一人も多分、図書委員の生徒だろう。そして、その生徒が、先輩なのが分かった。ネームプレートの色を見れば『黄色』だったから。


 この高校は、学年ごとにネームプレートの色が変わる。三年生が黄色。一年生は白。そして、皇成たち二年生は、青色だ。


「あ、ごめんねー。もう貸し出し時間終わっちゃったよ」

「あ、俺は……」


 すると、先輩の方に話かけられて、皇成は口ごもった。貸出時間は、夕方4時半まで。もちろん、貸出時間が過ぎたのを見計らってきたのだから、間違ってはいない。


「すみません。本は借りません。俺、碓氷さんに話があって」


 意を決して声を上げれば、その瞬間、碓氷姫奈と目が合った。

 カウンターに座って、こちらを見つめる姿は、夕日を浴びて、とても神々しかった。


 長く綺麗な髪がキラキラと輝いていて、そこには間違いなく、この学園一の"高嶺の花"がいた。


 そして、その本人を目の前にして、改めて実感する。


(そっか、俺……今から、告白するんだ)


 だが、フラれると分かっている皇成に、もはや隙はなかった。きっと落ち込むことはない。


 これで、すっぱり彼女を、諦めることが出来るのだから──


「姫奈ちゃんに、話だって」


「はい。本田先輩は、先に帰ってください。あとのことは私がやりますので」


「あ、そう?」


「はい。もう図書日誌も書き終わりましたし、職員会議が終われば、司書の山村先生も戻ってくると思うので」


「そっか……じゃぁ、お願いしちゃおっかな!」


 すると、何かを察したのか、碓氷姫奈が、そう言って、3年の先輩はそそくさと荷物をまとめたあと、皇成をジロジロみつめながら、図書室から出ていった。


 もしかしたら、告白すると思われたのかもしれない。まぁ、この状況なら、そう思うかもしれないが……


「珍しいね。矢神君が、図書室に来るなんて」


 すると、先輩が出ていったのを見計らって、カウンターから、碓氷姫奈が声をかけてきた。


 その瞬間、二人っきりになったことに気付いて、心なしか心拍が早まる。

 

「あ、その……」

「ちょっと待っててね、今そっちに行くから」


 書いていた日誌をパタンと閉じると、姫奈は、そこから立ち上がり、皇成のもとに向かってきた。


 腰より長いミルクティー色の髪が、さらりとゆれて、ぱっちりとした瞳と再び目が合う。


 学校指定の紺のブレザーとチェックスカートを、まるでモデルみたいに着こなしている姿は、誰もが見惚れるほど可愛くて、声だって、とても澄んだ綺麗な声をしていた。


 そして、その姿を見て、改めて男子たちが、こぞって彼女に告白しているのを納得した。


 こんなに可愛い女の子が彼女になってくれたら、男なら誰だって喜ぶ。だけど、誰も彼女の心は射抜けない。


 そして、それは、自分だって──



 その後、図書室には、姫奈が歩く音だけが響いた。静かにゆっくりと、好きな子が近づいてくる音。

 そして、それがとまったかと思えば、皇成の前に立った姫奈は、にっこりと微笑んだ。


「話って、なに?」


 普段より近い距離に、思わず息を飲んだ。こうして、面と向かって話をするのは、幼稚園の時以来かもしれない。


 何年とたって、自分たちの立場は色々と変わってしまった。幼馴染という立場から、ただの他人へ。


 だけど、それでも、やっぱり変わっていないと思った。

 

 碓氷 姫奈を好きだという、自分のこの気持ちだけは――


(出来るなら、両想いになりたかったけど……)


 ポロリと漏れた本音は、少しだけ切ないものだった。本当は、この告白を成功させたかった。


 だから、ずっと待ち続けていた。矢印さまが《告白していい》と言ってくれるまで。


 だけど、気がつけば、こんなにも差が開いていて、いつしか、届く気がしなくなった。


 成功する確信がないと告白できない自分は、なんて浅ましくて、情けない男なんだろう。


 だけど、そんな自分と決別するためにも、皇成は、ゆっくりと息を吸い、そして、ハッキリとその名を呼んだ。


「碓氷さん」

 

 昔は「姫奈ちゃん」と呼んでいたけど、今はもう他人行儀な呼び方でしか呼べない。


 だけど、夕日を背に佇む彼女は、あの頃と変わらず、穏やかな笑みを浮かべていて、ほんの少しだけ幼い頃に戻った気分になった。

 

 きっと、自分の幼馴染は、この世界で一番可愛い。そんな女の子にフラれるんだ。


 今日は、最悪な日。

 いや、天気は快晴、夕日も綺麗。


 今日は、フラれるには、だ。



 夕日が沈みゆく中、皇成は真っ直ぐに姫奈を見つめると、ずっと言えずにいた言葉を告げる。


 今日、ここに来たことに、悔いはない。


 さよなら、俺の初恋。

 さよなら、姫奈ちゃん。

 

「碓氷さん、俺は──ずっと君のことが、好きでした」



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