第5話 忘れられない日


「ずっと、君のことが好きでした」


 静かに声を発した。穏やかに、落ち着いた声で。

 だけど、心臓の音は、全く穏やかじゃなかった。


 初めての告白は、きっと成功だ。


 だって、この告白は、忘れられないものになる。この先、誰かに恋をして、その人と結ばれても、きっと、碓氷姫奈を好きだったことは、一生忘れない。


「そっか……。矢神君、私のこと好きだったんだ」


 少しだけ頬をそめて、碓氷姫奈が呟いた。


 長いまつ毛を震わせ、恥ずかしがる姿に、心なしか心中がざわつく。


 期待しちゃいけないって、フラれるって分かってるはずなのに、無意識に胸が高鳴って


「ありがとう。嬉しい……っ」


 だけど、その言葉を聞いた瞬間、皇成は息をつめた。これは、断る時の常套句じょうとうくだ。一旦、告白を受け入れ感謝の言葉をべたあと「でも、ごめんなさい」と続くのだ。


(さぁ、来るなら来い……!)


 早く俺に引導いんどうを渡してくれ──もはや、死刑執行を待つかのように皇成は覚悟を決めた。だが、姫奈は


「ねぇ、いつから、私のことが好きなの?」

「え?」


 不意に、具体的なことをつっこまれて、皇成はあっけにとられた。


「え? いつから……?」


「うん。私のこと、いつから好きなの?」


「そ、それは……幼稚園の……時から」


「幼稚園? そんなに前から?」


「そ、そんなに、前から……です」


 ん? なにこれ。

 なんか、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど?


 ていうか、今からフル相手になに聞いてくれちゃってんの?


「そっか、幼稚園の時から、私に片思いしてたんだ」


「そ……そうですね」


「ふーん、そんな素振りなかったから、驚いちゃった」


「あはは……そうだよねー」


「ねぇ、私のどこが好きなの?」


「え……と。笑ったところ……とか?」


「ふふ、そうなんだ。じゃぁ、矢神君は、私と……その、お付き合いしたいって……思ってるってことだよね?」


「そ……そそ、そうです、ね」


 ん? なんだ? なんでこんなこと聞いてくるんだ? ていうか、いつまでつづくんだ!?


「あ、あの……そろそろ、返事を聞いてもいいかな?」


 もう限界だった。これ以上なにか聞かれたら、口から火を噴きそうだ。


「矢神くん」

「……は、はい」


 すると、姫奈が改めて皇成を見つめた。

 その真剣な瞳に、思わず釘付けになる。


 だが、ついにこの時が来たのだと思った。

 ハッキリと、フラれる時が――


「私と、


「…………は?」


 だが、その後、皇成は目を見開いた。頭の中には『?』マークが浮かんで、姫奈の言った言葉が、うまく理解できなかった。


「け、けっこん?」


「うん、。だって矢神君は、私のことが好きなんでしょ? なら、私と結婚してくれるよね?」


「…………」


 ―――ん??????????


 柔らかく笑う姫奈に、さらなる疑問符が乱舞する。


 この展開は、予想していなかった!


 いや、予想できるはずがない!


 だって、フラれるつもりで告白して、まさかの逆プロポーズをうけるなんて!?


「あ、いや……結婚は……気が早いんじゃないかな?」


「そうかな? 私はもう17歳だし、矢神君も、来年の7月7日に誕生日が来れば18歳になるし、法律的には問題なくなるよ」


 本気だ!

 本気で結婚する気でいる!!


 ていうか、俺の誕生日、覚えてたの!?


(あれ? どういうことだ、結婚って? なにより俺は今日、フラれるはずで……?)


「矢神くん」

「は、はい!」


 だが、困惑する皇成の顔を覗きこみながら、姫奈が、またにっこりと微笑んだ。


「私のこと、幸せにしてくださいね?」


 その言葉を聞いた瞬間、皇成はふと、昔どこかで聞いた話を思い出していた。


 自分から「幸せにしてください」なんていう女は、確実に──だと。

 

(あれ?? どうして、こうなった?)


 


 11月22日――世間では、いい夫婦の日。


 だが、この日は皇成にとって、"忘れられない日"になる。


 それは、高嶺の花になった元・幼馴染の告白して結ばれた最良の日――ではなく、これまでの平凡な日常が崩れ始めた、始まりの日として。


 そして、改めて気づくのだ。

 

 やはり矢印様の采配は、のだと――。


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