第2章 高嶺の花の彼氏になりました。

第6話 矢神くんじゃなきゃ


 ――ピピピ、ピピピ。


 次の日、皇成は、自分のベッドの中で目を覚ました。枕元に置いていたスマホをもそもそと探し当てると、鳴り響くアラームをスライドしてオフにする。


 するとふと、昨日の事を思い出した。

 昨日、皇成は、幼稚園の時から好きだった初恋の相手・碓氷うすい 姫奈ひなに告白をした。


 だけど、フラれると思っていたその告白は、見事成功して、付き合うことになったのだが……


(結婚って、どういうことだ?)


 まだ、付き合ってもいない相手に、いきなり「結婚して」は明らかにおかしい。


 まず、順番が違いすぎるし、なにより、あんなに可愛い学園一の高嶺の花が、こんな冴えない男子高校生と、結婚したいなんて思うはずがない。


 そう、例え、元・幼馴染だったとしても!


「あー。これは、夢か……!」


 瞬間、ベッドから起き上がった皇成は、ハッキリと意識を覚醒させ、そう結論した。


 きっと、告白するかしないかで悩んでいたから、あんな夢にみてしまったのだ!


「だよなー。ずっと好きだったし、そりゃ、両想いになって、結婚までできたら嬉しいだけどさ。さすがに現実では、ありえないよな~……」


 自分の願望が、これでもかと垂れ流された夢。

 なんとも恥ずかしい夢だ。

 

 だが、夢の中だけでも、碓氷姫奈と両想いになれたのだから、ある意味いい夢だったのかもしれない。


 ――ピロン!


「?」


 だが、その時、皇成のスマホが何かのメッセージを受信した。緑色のメッセージアプリ『LIMEライメ』には、赤く①の印。


 こんな朝早くに何だ?──と開いてみれば、そこには見知らぬアイコンが表示されていた。


 可愛らしい白猫のアイコン。そして、その上には『HiNa』と名前らしいものがあった。


 そして、肝心のメッセージには


【矢神君、おはよう。朝早くにごめんね。今日は一緒に学校に行こうって約束してたのに、私、用事があったの思い出しちゃって、今日は先に行きます。また、学校で会えるの楽しみにしてるね♡】


 やたらと可愛い文面で、やたらと可愛い猫のスタンプ付きで入ってきたメッセージ。


 明らかに女子からであろう、その華やかなメッセージを見て、皇成は、で、碓氷姫奈とLIMEのIDと携帯の番号の交換をしたのを思い出した。


 付き合うことになったのだから、そのくらい当然だ。そう、付き合うことになったのだから!


(ゆ……夢だよな?)

 

 だが、やたらとしっくりくる、スマホの重み。

 そして、少しだけ肌寒い朝。更には──


「皇成、起きた~?」


 いつものように、たたき起こしに来た母!!


「ああああああああああああああぁぁ!!! やっぱ、夢じゃねえええぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

「え!? ちょっと、どうしたの!?」


 一気に現実に引き戻され、皇成は母親の目の前で崩れ落ちた。


 そう、これは紛れもない現実だ!

 昨日、皇成は、碓氷姫奈と付き合うことになって、なぜか、結婚まで申し込まれた!!


「結婚? ケッコンって、あの結婚!?」

「ちょっと、皇成。寝ぼけてるの?」

「寝ぼけてねーよ!! 覚めたよ! 無茶苦茶、覚めまくってるよ!? ていうか、わざわざ起こしに来なくていいって、いつも言ってるよな!?」


 ちなみに家族には、まだができたことは伝えていない。その後、皇成は、朝から挙動不審な息子に驚く母を、やんわり追い出すと、改めて頭を抱えた。


「ど、どういうことだ、これ……っ」


 頭の中は、もうパニックだった。なぜなら、これまで矢印様は、皇成の問いに『告白してはいけない』を選択していた。


 あの采配は『、告白してはいけない』のだと、皇成はずっと思っていた。それなのに……


「えっと、つまり……告白して、付き合うことになったってことは、フラれるからじゃなかったってことだよな?」


 矢印様は、いつも完璧だった。間違うはずがない。それは、今までの人生で体感して来たことだった。だが、もし間違っていないのだとすると


「あれは、って、ことだったのか……?」


 一つの核心をえて、皇成は冷汗をかいた。


 だから、矢印様は、ずっと『告白してはいけない』をさしていたのか?


 ということは、碓氷 姫奈と付き合ったら、なにか良くないことが起こるとか?


「いやいや……付き合って不幸になるなんて、そんな……っ」


 いくらなんでも、考えすぎだ。


 それに、仮に矢印様が"選ばれなかった方"を選択しても、必ずしも"悪い結果"になるとは限らない。


 つまりは『選択した方に、』というパターンだ。これなら、選択されなかった方には、何も起こらない。……はずなのだが


「でも、なんで俺と結婚したいなんて……っ」


 昨日の姫奈の言動を思い出して、皇成の脳裏には漠然とした不安がよぎった。


 幼い頃の姫奈は、もう少し素朴な感じの子だった。


 人から『高嶺の花』だなんて一目を置かれるような感じではなく、人よりちょっと危なっかしい感じの普通の女の子で、今みたいに、完璧な女の子って感じではなかった。なによりも、付き合ってもいない男に、いきなり結婚を申し込むような……


「いやいや、でもあれから何年たってると……ああああああぁぁ、でも、わかんねぇ!! ていうか、なんで俺なんかと結婚したいって思うんだよ!?」


 悲しきかな。この超絶平凡系男子の自分と結婚したい要素が一切見当たらなかった。しかも、あんなに可愛い学園一の美少女が!

 

 ──ピロン!


「!?」


 すると、再びスマホが、軽やかな音を立てた。どうやら、また姫奈からメッセージが届いたらしい。そして、その文面には


【放課後は、一緒に帰れますか?】


 そう書かれていて、それを見た瞬間、皇成の胸は、尋常じゃなく熱くなった。


(っ……どうしよう……めちゃくちゃ嬉しい)


 こんなに短いメッセージで、こんなにも心が躍る。やっぱり、付き合って不幸になるなんて、そんな風には考えたくない。


 だって、今は、彼女と付き合えたことが、こんなにも、こんなにも


 嬉しくて、仕方ないのに──






***



「碓氷さん、好きです! 僕と付き合ってください!」


 早朝──学校に呼び出された姫奈は、同級生の男子に告白をされていた。

 

 昨日、机の中に、ひっそり手紙が投げ込まれていた。文面は「大事な話があります。明日の朝8時に、裏庭にきてください」というもの。


 そして、それが告白の呼び出しなのは一目瞭然だった。裏庭は、この季節、紅葉がとても綺麗な場所で、よく姫奈はこの場所に呼び出されていたから。まぁ、放課後は不良にたまり場になってるから、呼び出されるなら、始業前が多いのだが……


「ありがとう。でも、ごめんなさい」


 断る時の常套句を並べて、姫奈は申し訳なさそうに答えた。


「私、今、がいるの。だから、貴方とは付きあえないわ」

「え?」


 ハッキリと断りの返事をすると、その言葉に、相手の男子が瞠目どうもくする。


 無理もない。あの碓氷姫奈に、付き合っている男がいるというのだから──


「つ、付き合ってるって……誰と!?」

「同じクラスの、矢神くん」

「え!? 矢神!? 矢神って、あの地味で華のない、矢神皇成のこと!?」

「……うん、そう。地味で、華がなくて、平凡すぎる、矢神くん」


 軽くディスりながらも、嬉しそうに笑う姫奈を見て、男子は更に困惑した。


「な、なんで? 碓氷さんなら、もっといい男と付き合えるだろ!? どうして、矢神なんかと」

「どうしてって……矢神君は、とっても素敵な人よ。それに私は、矢神くんじゃなきゃ、ダメなの」

「や、矢神じゃなきゃって……っ」

「だから、ごめんなさい」

「……っ」


 再度断れば、どうやら、それがトドメになったらしい。フラれた男子は、酷く傷心してその場を立ち去って行った。


 そして、その後、裏庭で一人になった姫奈は、小さく溜め息をつく。


「あーぁ……今日は一緒に登校しようと思ってたのに、いきなり約束破っちゃった」

  

 昨日、姫奈は皇成に告白された。


 そして、スマホの番号やIDなどを交換した後、今日の朝は一緒に登校しようと約束した。だから、本来なら、今日、ここに来るつもりはなかったのだが……


「でも、仕方ないよね。が、そう言ったんだから」


 少し残念そうに呟くと、姫奈は制服のポケットから、スマホを取り出した。


 見れば、先ほど送ったLIMEに、皇成から返事が来ているのに気付いた。


 皇成の返事は【もちろん】という、とても簡素な物だったが、そのOKの返事を見て、姫奈は、嬉しそうに頬を赤らめる。


「ずっと、好きでいてくれたなんて……幼馴染だと思ってるのは、もう私だけだと思ってたのに……」

 

 全く、そんな素振りがなかったから、諦めていた。きっと彼は、私のことを好きになってはくれないのだと。でも……


「やっと、両思いになれたんだもの。もう、逃がさないからね……


 スマホを、きゅっと胸の前で握りしめると、姫奈は、幼い頃呼んでいたように皇成の名を囁いた。


 それは、まるで、長年の夢がかなったとでも言うように、とてもとても、幸せそうな顔をしていた。

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