第7話 さよなら、平凡な日々!
姫奈にメッセージを返した後、皇成は普段通り、支度をして、朝食を食べ、家から学校へ向かった。
普段と変わりない、平凡で穏やかな朝。
だが、高校につき、生徒玄関で靴を履き替えたタイミングで、校舎内が、いつもより騒がしいのに気付いた。
ひそひそと、学生たちが、噂話をしている姿、それを見て、皇成は首を傾げる。
(……何かあったのか?)
みんなして、やたらとせわしない。そんなことを思いつつも、普段通り、自分の教室へ向かうと、2年B組の扉を開けた瞬間、中の生徒たちの視線が一斉に皇成に集中した。
「……ん?」
なんだ、この視線は?
一瞬呆気に取られて、その場で固まる。
この平凡系男子である皇成が、こうして、クラス中の視線を集めることは、ほぼないに等しい。なにより、目だたず、静かに、穏やかにをモットウに生きてきた皇成にとって、これは、またとない出来事だった。
(俺、なにかしたっけ?)
ぐるぐると、思考を巡らせる。ここ最近、こんな注目を浴びるような、何かをやらかした記憶はない。仮に思い当たるとしたら、あの碓氷姫奈に告白し、恋人同士になったことくらい。
だが、皇成が告白したのは、昨日の放課後だ。しかも、場所は図書室で、先輩も帰った後だったから、図書室には自分たち以外誰もいなかった。その状況で、昨日の今日で、ここまで話が広がっているとは思えない。
……と思ったのだが
「皇成!! 碓氷さんと付き合うことになったって、ホント!!」
「!?」
場の空気を読まず、話しかけてきたのは、皇成の友人の
「え!? なんで、知ってんだ!?」
「なんでって、やっぱホントなんだ! それより、学校中の噂になってるよ! あの碓氷さんに彼氏が出来たって!!」
「か、彼氏……っ」
面と向かって、彼氏と言われると、ちょっと恥ずかしくなった。
だが、この状況は、その姫奈に彼氏が出来たことを、誰もが納得していないように見えた。
そりゃそうだ。なぜなら、その相手は地味で華のない矢神皇成。このさえない男が、学園一の高嶺の花の彼氏だなんて、誰が納得できようか!?
(あー……なるほど。だから矢印様は、告白するなって言ってたのか)
妙に納得してしまった。今まで、あの碓氷姫奈に、どれだけの男が告白したのかは知らないが、今、皇成は、その碓氷姫奈を好きだった男たちを完全に敵に回していた。
なぜなら、レベル99の勇者や賢者(ハイスペックイケメン)たちが、こぞって制圧しようとしていた城を、レベル1の村人(華のない底辺)があっさり落としてしまったのだから!
「皇成、素直に喜んであげたいとこなんだけど、これちょっとヤバくない?」
「…………」
応援していた大河も、こんなことになるとは思っていなかったらしい。そして、その現状に、皇成は眉を
確かに、これはヤバイ。このままじゃ、針のむしろ状態だ。下手をすれば、悪質なイジメや嫌がらせに発展しかねない。だが
(落ち着け。俺には矢印様が、ついてる。なんとか、この状況を打破する選択肢を考えないと……)
そう、二択にまで絞れば、あとは矢印様が導いてくれる。この学園で、これまで通り、平凡な日常を過ごすための最善策を—―
「おいぃ!! 矢神ってやつは、どいつだぁ!!」
「!?」
だが、その瞬間、皇成の背後から
振り返り確認すれば、皇成の背後には、身長180cmを超える大男がいた。
(うわ……っ)
そして、その男を見て、皇成は口元を引きつらせた。
いつの時代かわからないリーゼントをびっしり決め、皆がブレザーを着ている中、一人だけ学ランというバリバリの校則違反を犯しているこの男の名は、
この学園一の不良にして、番長という地位についている彼は、なんと碓氷姫奈に、32回告白しフラれるという、悲しすぎる経歴を持っていた!
そう、きっと、この鮫島は、今この学園で、一番、皇成を殺したいと思っている男!!
(あ、俺……もしかして、死ぬのか?)
そして、その瞬間、皇成の脳裏には漠然と「死」がよぎった。
朝の校舎には「どこだ矢神ぃぃ!! 出てこいゴラァ!!!」と、けたたましく響く鮫島の声。
まさに、荒れ狂う猛獣のごとく、怒りをあらわにした鮫島は、手に木刀をもち、文字通り、殺してやるといわんばかりに、教室の中に入ってきた。
そして、その圧倒的迫力に、クラス中の視線が皇成に集中する。
「あぁ? もしかしてもお前か、矢神って」
「……っ」
そのクラスの視線と、胸元のネームプレートを見られたらしい。鮫島が、皇成を視界に捕らえた。
着脱式のこのネームプレートは、校内では必ずつけなくてはならないという規則になっていて、今日も登校時、真面目に付けてしまったのが仇になった。
(あ、マズイ。これ、マジで死ぬ……っ)
確実に、ターゲットとして見定められた。身長185cmの鮫島が、身長168cmの皇成をギロリと見下ろす。多分、あれだろう。碓氷姫奈の彼氏になった男が、どんな男かを見定めているのだろうが……
「はぁ? なんで、お前みたいなやつが選ばれてんだよ!?」
(うん、めちゃわかるわ、その気持ち)
自分だって、なんで選ばれたのか分からないのだ。鮫島が納得いかない気持ちは、よくわかる。
だが、今はそんなこと言っている場合ではない。この鮫島は、皇成と同じ二年生。だが、三年の柔道部の先輩を負かしたぼど、とても喧嘩が強いらしい。しかも手には木刀。腕の一本や二本。いや、下手をすれば、命すら危うい。
(嘘だろ。……初恋が実った次の日に死ぬとか、シャレになんねーぞ)
どうやら、矢印様の采配通りになってしまった。碓氷姫奈に告白したことで、皇成の平凡な日常は、積み木崩しのようにグラグラと崩れていく。
「俺はなぁ、本気だったんだよ……それなのに、そんな俺が、お前みたいなやつに負けたって言うのかよ!?」
「ッ───!?」
瞬間、鮫島が木刀を高く振り上げた。
マズイ――そう察した皇成は、すぐさま矢印様に念じた。『右』か?それとも『左』か!
――ガッ!!!
すると、皇成が『左』に避けた瞬間、木刀は、皇成の右肩をかすめ、強く床を叩きつけた。まんまとかわされ、鮫島が目を見開く。当たったら、確実に骨が折れていた。
だが、その後も鮫島は、息をつく間もなく、皇成に二発目を叩き込んできた。
再度、振りあげられた木刀。
圧倒的な力と体格差。そして、その光景に教室中が息を飲む。
カラ――――ッン!!!
だが、その直後、教室内に響いたのは、何かが弾かれた音だった。そして、それは皇成ではなく
――鮫島の木刀の方だった。
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