第8話 姫奈が選んだ男

 カラ――――ッン!!!


 直後、教室内に響いたのは、なにかが弾かれた音。そして、鮫島の木刀の方だった。


 左に避けた皇成が咄嗟に手にしたのは、教室には必ずと言っていいほど存在している、ただの


 だが、避けた瞬間、指先に触れたそれを、勢いよく振り上げれば、それは鮫島の木刀を見事受け止め、同時に弾き飛ばした。


 教室内は、一瞬にして静まり返り、空気が緊迫する。すると、手元から木刀が消えた鮫島は、驚きつつも、今度は素手で、皇成に殴りかかってきた。


 シュッと拳が空を切り、それを再度皇成がイスを使い食い止めれば、硬いイスの座面にドゴッと鮫島の拳がくい込む。


 その威力が、痺れと共に皇成の手にも伝ってくる。たった一撃の拳が、果てしなく重い。こんなのくらったら、華奢な皇成なんてひとたまりもない。


 だが、三度も攻撃を交わされ、鮫島は、その後、じっと皇成を睨みつけた。


「おい、なんで、を狙ったってわかった」

「……」


 イスを挟んで、渋めの声が皇成にといかけた。


 鮫島は、顔を狙うとフェイントをかけ、脇腹を狙った。だが、皇成はそれを見破り、あっさり鮫島の攻撃を防いだのだ。


 それも、全く無駄のない動きで。まるで、狙われる場所が分かっていたみたいに。


「お前、ボクシングかなんか、やってたのか?」

「…………」


 鮫島の問いに、皇成は尚も黙り込んだ。


 ボクシングも格闘技も、全くやったことがない。そう、鮫島の木刀を弾き飛ばしたのも、拳を交わせたのも、全てのおかげだ。


 一発目。『右』によけるか『左』に避けるかの選択で、矢印様に言われた通り、皇成は『左』に避けた。すると、そこに運良くイスが手元に触れた。


 そして、二発目を打ち込んできた鮫島を見て、このイスを『木刀を弾くほこ』として使うか『身を守るたて』として使うべきか、再び矢印様に念じた。


 すると、矢印様は『矛』と采配し、その瞬間、皇成は思いっきりイスを振り上げた。そして、それは、刀と刀がぶつかるかのごとく衝突し、イスの形状も相まってか、あっさり鮫島の木刀を巻き上げ、はじき飛ばした。


 そして、三発目も同じ原理。殴られると分かったから、瞬時に殴られやすい場所を『顔』と『腹』の二択に絞り、あとは矢印様に決めてもらっただけ。


 そう、どちからといえば、皇成は格闘技などではなく『矢印の使い手』だ。


(ッ……イス使って、正解だった)


 立て続けにやってきた攻撃が止み、皇成は、ほっと息をついた。


 イスは攻撃するにも、防御するにもいい武器だ。しかも、かなり頑丈。おかげで、鮫島のパンチを受けてもビクともしなかった。


 だが、内心はバックバクだった。普通に戦って勝てる相手ではないし、なにより、矢印様に頼らなければ、確実に病院送りになってる。


「驚いたぜ、俺の攻撃を三回も交わすなんて」

「…………」


 すると、また鮫島が問いかけてきて、皇成は、再び矢印様に問いかけた。いい加減、この鮫島になにか返事を返さなければ……すると、皇成は


「これくらい出来なくてどうする。俺は、姫奈が選んだ男だぜ」


 ──と、矢印様が選んだ方を言ったのだが。


 いやいや、待って、矢印様!?

 本当に、こんなこと言って大丈夫!?

 むしろ、逆鱗に触そうなんですけど!!!?


 二択よぎったうちの思いもよらない方を選ばれて、軽くテンパる。なんか、すっごい挑発してない? せっかく落ち着いたのに、今度こそ殺されそう!

 ちなみに、もう一つは『いや、こんなのまぐれだよ』だったのだが


「ふ、そうか……どうやら、俺の負けだな。さすがは、姫奈さんが選んだ男だぜ」


(えぇ、いいの!? 本当にいいの!? 鮫島、お前、案外良い奴だな! ありがとう!!!)


 意外にも屈服してくれた鮫島に、皇成は心の中で感謝しまくった。


 だが、これまで平凡な人生を送ってきた皇成にとって、これはかなりの負担でもあった。心臓に悪いというか、この一瞬で、寿命が5年くらい縮んた気がする。


「おい、矢神 皇成!」


 すると、鮫島がまた声をかけてきて、皇成は驚きと同時に身構える。


「お前のことは、一応認めてやる。だが、もし姫奈さんを泣かせたりしたら、その時は、確実に──落とす!!」

「……」


 落とす? 落とすってどこに? 地獄?

 あーでも、泣かせたら、マジで落としにきそう、首を……。


(……なんか、ヤバい奴に、名前を覚えられてしまった)


 ご丁寧にフルネームを。しかも、よりによって、学園一の不良、それも、こんなにケンカっ早い奴に。


 皇成は、激しく後悔する。これまで、目立たず平凡に暮らしてきたのに、碓氷姫奈の彼氏になっただけで、とんでもない事になってしまった。


 だが、皇成の”これまで”が変わってしまったのは、鮫島の件だけではなく──


「スゲーじゃん、矢神!! あの鮫島を倒すなんて!!」

「……え?」


 なんと、鮫島が教室から出て言った瞬間、教室中が皇成を取り囲み沸き上がった。


 まるで、生還した英雄を祭り上げるかの如く、口々に賞賛の言葉をかけるクラスメイト。


 だが、それもそうだ。あの学園一の不良を、それも木刀を手にした猛獣を一人で相手にし、あまつさえ負かしてしまったのだから!


「あ、いや、俺は……っ」

「矢神くん!」


 すると、その瞬間、今度は女の子の声が響いた。血相を変えて走ってきたのは、昨日、恋人同士になったばかりの──碓氷姫奈。


 そして、姫奈は、あろう事かクラスメイトの目の前で、いきなり皇成に抱き着いてきた。


「矢神くんッ……よかった。よかったぁ……!」

「……ちょ、碓氷さん!?」


 声を震わせ、キュッと抱きついてきた姫奈に、皇成は慌てふためく。


 ずっと、好きだった女の子に抱きつかれてる。それは、初恋が実ったばかりの皇成には、あまりに刺激が強すぎた。

 

 自分よりも、細くて柔らかい身体。

 髪から漂う花のような甘い香り。


 そして、多分、があたってる。

 あの……胸についてる、柔らかいやつ……。


(ど、どうすれば……っ)


 対応に困り、抱き着かれたまま固まってしまった。可愛い彼女が、自分の事を心配して、泣きそうになってる。しかも


「さっき……鮫島君が、怒って矢神君の所に行ったって聞いて……私、心配で……っ」

「……っ」


 ──あ、ヤバイ。めちゃくちゃ可愛い。


 涙目になった姫奈の瞳と目が合った瞬間、皇成は、思わず抱きしめたくなった。


 だが、ココは教室で、クラスメイトがみている、ド真ん前!


 ふと視線を逸らせば、さっきまで賞賛していたクラスメイトの約半分、主に男子が「なんで、お前が、碓氷さんに抱きつかれてるんだよ」ってな感じで、殺気じみた視線を向けているのがわかった。


 あ、これ抱きしめたりしたら、絶対ダメなやつ。


「あ、あの……碓氷さん。とりあえず、離れ……ようか?」

「あ、ごめんね。私ったら、みんなの前で……。矢神君、怪我してない?」

「うん。大丈夫。怪我なんてしてない。それより、なんでこんなことになってるか、わかる?」

「あ、それは多分、だと思う」

「え?」

「実は今日の朝、また告白で呼び出されて『矢神君と付き合ってるから、付き合えない』っていったら、その後、学校中に広まったみたいで……」

「…………」


 なるほど。朝、一緒に登校できないと言われたのは、告白で呼び出されたからだったのか。


 しかも、その告白の後、姫奈に告白した男子が広めたのだろう。そして、噂はあれよあれよと学校中に広まり、最悪にも、あの鮫島の耳にまで入ってしまったと……?


(……マシか。俺、これからどうなるんだ?)


 そして、その後、騒ぎを聞きつけてやってきた先生に、鮫島と共に職員室に呼び出された皇成は、ほんの数時間のうちに、学校中に名前が知れ渡ることになってしまい、これまでの平凡な日常は、あっという間に、崩れ去ってしまったのだった。



 

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