第9話 二つの選択


「……つ、疲れた」


 その後──放課後になった桜川中央高校では、廊下の壁に手をつき、ぐったりとしている皇成がいた。


 今日一日、皇成は休み時間の度に、呼び出された。サッカー部のイケメン部長にはPK対決を申し込まれ、全国模試二位のインテリイケメンには、早押しクイズを挑まれ、他にもいたるところで、戦いを申し込まれた。


 なんとか矢印を駆使し、勝負にはギリギリ、本当ギリギリで勝利はしたが、おかげで、今日一日で、半年分くらいの采配を受けた気がする。


(う、ダメだ……矢印の使い過ぎで、目がチカチカする……っ)


 矢印酔いなんて、かなり久しぶりだ。

 だいたい、一日で、こんなに矢印を使うことなんて、そうはない。それだけ、皇成はこれまで平凡な日常をすごしてきた。


 それが、碓氷姫奈と恋人同士になっただけで、こんなにも変わってしまうなんて──


(やっぱり、矢印さまの言った通りだったな)


 告白してはいけない――やはり、あの采配は正しかった。告白したら恋人同士になることも、そのあと、こうなることも、矢印様は全てお見通しだったのだ。


 だが、付き合って、不幸になるなんて、絶対にありえないと思っていた。しかし、まだ付き合って一日目だと言うのに、自分の世界は、着々と変わりつつある。


 なにより、今朝の鮫島の件に加え、他の生徒たちのあの態度。それは明らかに、自分が、碓氷姫奈の彼氏に選ばれたことを納得していなかった。


 ある生徒には『なんで、お前が選ばれたんだ!?』と追いかけ回され、また、ある生徒には『お前を倒せば、姫奈さんを振り向かせられる!』と略奪をくわだてられ、また、ある生徒には『お前は、陰キャの星だ!』とあがめらた。


 だが、さすがに、この生活が、ずっとは身が持たないし、矢印を使えないの勝負を挑まれたら、皇成なんてひとたまりもない。なにより、恨みをかって後ろからナイフでぐっさり!なんてことにでもなったら、もはや防ぎようもない。


 そう、このままでは、道を一つ曲がるにしても、いちいち矢印様に聞かないと、生きていけなくなってしまう!


(……俺、どうすればいいんだ?)


 この矢印様の不便なところは、その先の未来が全く分からないことだった。だから、仮に不幸が訪れるとしても、それがなのかを、知る術がない。


 気難しい顔のまま、皇成は廊下の隅で、ひたすら悩む。たが、結局答えはでず、皇成は思い切って、矢印様に聞いてみることにした。


 心臓は、普段よりも早く鼓動を刻んでいた。

 だが、この采配で、全てが決まる。


 今後、自分が、どうするべきかなのかが……

 

(矢印様……俺は碓氷さんと、別れた方がいいですか? それとも、このまま付き合い続けていいですか?)

 

 真剣な表情でスッと目を閉じ、再び矢印様に問いかけた。すると、その後、また二枚のプレートが現れた。


《別れる》と書かれた赤いプレートと

《別れない》と書かれた青いプレート。


 そして、その中央にある矢印はゆらゆらと揺れ、すぐさま、その片方をさした。


 矢印様がさしたのは──《別れる》


(っ……ああああああ、やっぱりぃぃぃ!!)


 予想通りの采配を振られ、皇成は打ちひしがれた。矢印様が「別れる」を選択したということは、このまま付き合っててはダメだということ。


 自分は今確実にへレールに乗ってしまっている。そして、それはもう、始まってしまっているのだ。


 碓氷姫奈に告白した、あの瞬間から──


「矢神くん」

「!?」


 すると、その瞬間、背後から声をかけられた。


 皇成が振りむけば、そこには、今まさに考えていた碓氷姫奈がいて、姫奈は、皇成を見つけるなり、嬉しそうに駆け寄っていた。


「よかった、見つかって! 一緒に帰れるって言ってたのに、教室からいなくなってるから、心配ちゃった」

「……あ、ごめん。ちょっと、色々呼び出されてて」

「あ、そっか。ごめんね。私のせいで」


 視線を下げ、しゅんとする姫奈。そして、その姿をみて、皇成はキュッと唇を噛み締めた。


(やっと、初恋が実ったってのに、別れなきゃいけないなんて……っ)


 正直なところ、別れたいとは微塵も思っていなかった。だけど、矢印様は『別れる』をさしてしまった。


 二つの道で、心がせめぎ合う。

 安全な道か、険しい道か。


 今まで通りの平凡で幸せな道を選ぶか、下手したら死んでしまうかもしれない不幸への道を選ぶか。


 いや、答えは、もう決まってる。

 矢印様は、いつも正しい。


 だから、矢印様のいう事を聞いていれば、これまで通り幸せでいられる。


「あのさ。碓氷さん……」

「なに?」


 ぎこちなく言葉を紡げば、姫奈は、きょとんと首を傾げ、皇成を見つめた。


 その姿が、また可愛くて、思わず、気持ちをそがれそうになる。


 本当は──別れたくない。

 皇成の『心』は、そういっていた。


 だけど、今日一日、碓氷姫奈の彼氏になって、分かったことがある。


 それは、自分が、彼女の彼氏として、全くのだということ。


 そして、このまま一緒にいたら、いつか彼女まで笑いものにされてしまうかもしれない。


「ちょっと……話したいことが、あって」

「……話したいこと?」

「うん、


そう言うと、皇成は真面目な表情で


「碓氷さん、俺と──」

『付き合った理由を教えてください!!!』

「そう、付き合った理由……え?」


 だが、別れてください──と、告げようとした瞬間、皇成の声を誰かが遮った。


 廊下の中央に現れたのは、分厚い丸メガネをしたツインテールの女子生徒と、カメラを持ったやる気のなさそうな男子生徒。


 そして、そのツインテールの女子は


「ご機嫌うるわしゅう、碓氷さん! 私のこと覚えてますか!?」


 そう言って、スズイッ!と姫奈の手を握りしめてきた。

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