第90話 無理な話


 何の用だ?と思いつつ、隆臣は、折り返し皇成に電話をかけた。

 数分前の着信だし、きっと出るだろう。そう思っていれば、案の定、皇成はすぐさま電話に出た。


『橘くん!』

「あぁ。皇成、どうし」

『橘くんのお父さんって、まだ警察官やってる!?』

「は?」


 電話に出るなり、矢継ぎ早にそう問われ、隆臣は眉をひそめた。いきなり父のことをいかれるとは、全くの予想外だった。


「あぁ、やってるけど」

『もしかして、警部補だったりする!?』

「え? あぁ、そうだけど……て、なんで知って」


 困惑する隆臣をよそに、皇成は、その言葉に確信を得ていた。さっき警察署にいた時、婦人警官の一人が言っていた言葉。


『──が、出してやれって』


 地図を出して欲しいと詰め寄る自分に、誰もが困り果てていた。きっと、その人の言葉がなければ、姫奈の居場所を突き止めるのに、もっと時間がかかっていたかもしれない。


(やっぱり、あれは橘くんのお父さんだったんだ……!)


 スマホを握る手に、自然と力がこもった。

 もう、この方法しかないと思った。


 あの観覧車を、止めるには──


『橘くんに、お願いがある!』

「お願い?」

『うん、桜川のショッピングモールに、大きな観覧車があるの知ってる』

「あぁ、数年前に出来たっていう」


 幼い頃、隆臣は父親と離れ、母と二人で桜川に暮らしていた。その頃に、そのショッピングモールはなかったが、隆臣が転校してすぐあとに、駅前に新設されたのを知っていた。


 なにより、毎年、正月や夏休みには、桜川にある祖父母の家にも訪れていたため、観覧車に乗ったことはなくとも、そのショッピングモールには何度か行ったことがあった。


「その観覧車が、どうしたんだ」

『止めて欲しいんだ!』

「え?」

『あの観覧車を止めてって、橘くんから、お父さんに話して欲しい!!』

「──はぁ?」

 

 一瞬、思考が止まった。


 皇成の言っている言葉の意味が理解できず、スマホを握りしめたまま困惑する。


 観覧車を止めて欲しい?

 それも、父親に頼んで?


「お前、何言ってんだ?」

『わかってる! わかってるよ、無茶言ってるのは! でも、もうこの方法しかなくて』

「この方法って……理由は?」

『理由は、うまく説明できないけど、今日、あの観覧車で、なにか良くないことが起きる気がする!』

「なにかって……そんな曖昧な理由で、俺にかけてきたのかよ!」


 ただの直感で、かけてきたのだろうか?


 だが、そんな不確かな情報を話したところで、誰が観覧車を止めようなどと思うのだろう。


「お前、大丈夫か? 何があったか知らねーけど、そんな曖昧な理由で、観覧車を止めろなんて言えるわけねーだろ」

『……っ』


 ハッキリと無理だと話されれば、皇成はぐっと息を詰めた。


 だが、それは、もっともな話だった。


 警察官だって暇じゃない。そんな不確かな情報を元にいちいち動いていたら、余計な混乱を招きかねない。なによりそれは、皇成だって、よく分かっていた。


 でも……


『わかってるよ。だから橘くんに、頼んでるんだろ』

「え?」

『俺の言葉は、きっともう誰も聞いてくれない。でも、なら、耳を傾けてくれくるかもしれないだろ! 頼む、橘くん。お父さんを説得して欲しい! 何もなければ、それでいい。でも、なにか起きてからじゃ取り返しがつかない! もう、橘くんしかいないんだ! あの観覧車を止められるのは!!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る