第103話 退避


『金森! 観覧車は、今どうなってる!』


 それは、少し遡り、爆弾時刻の7分前のこと。先にショッピングモールに行っていた金森かなもりの携帯に、たちばなから電話が入った。


 津釣つづり かなめの事情聴取を行っていた橘は、その後、現場に向かっていた。そして、金森の方は、今まさに観覧車の真下で、乗客たちの避難に勤しんでいたのだが


「橘さん、観覧車は回転速度を限界まで早めました。爆破前に、乗客を全て地上に降ろせます! でも……っ」

『なにかあるのか?』

「最後の乗客が降りられるのが、爆破の2分前なんです。観覧車から降りられても、避難が間に合うかどうか」

『…………』


 悲痛な声で話す金森に、橘は複雑な表情をうかべた。観覧車から西棟まで、どんなに早くとも4分。2分じゃどう考えても間に合わない。


『逃げ遅れそうな乗客は、あと何人だ』

「ラスト2台のゴンドラに乗ってる人達が。一組は高校生くらいのカップルと、もう一組は……俺の家族です」

『え?』

「俺の、妻と娘たちが乗ってます……橘さん、本当に助けられるんでしょうか、俺たちは……っ」

『…………』


 不安げな声が、一層高まった。


 今、目の前の観覧車には、金森の家族が乗っていいる。妻とまだ小学生の女の子が二人。


 限定のチケットが当たって、観覧車に乗るのを楽しみにしていたと、金森は話していた。それが、まさか、こんなことになってしまうなんて。


 金森は、今どんな思いで、妻と娘たちを見つめているのだろう。橘にも家族がいる。だからこそ、金森の気持ちは、よく分かった。


『大丈夫だ。絶対に助ける』

「助けるって、でも、どうやって……っ」

『今、ヘリコプターでそっちに向かってる。逃げ遅れそうな乗客は、ヘリに乗せて空に避難させる』

「空に?」

『あぁ、だが、ヘリが到着するのもギリギリだ。モタモタしてると、ヘリごと爆発に巻き込まれる。それに、乗せられる人数にも限りがあるから、観覧車の扉を開ける人材を1人だけ残したら、あとは全員避難させろ!』

「退避を……!」


 橘が的確に指示をすれば、金森は、改めて状況を確認する。


 残されたゴンドラは、あと三台。地上から1番近いゴンドラに、夫婦と子供が1人の親子連れ。2番目のゴンドラに、金森の家族。そして、最後の3番目の観覧車に、高校生くらいのカップル。


 一番近いゴンドラの親子は、まだ逃げられる。だが、そこまでだ。

 それに、乗客だけじゃなく、今ここで救助活動を行ってる警察官や救助隊たちも同時に避難させなくては──


「わかりました。俺が一人残って、あとは待避させます!」


 ハッキリとその意志を示すと、金森は一組目の親子連れをゴンドラから下ろしたあと、その場の全員を避難させた。


 自分が残ったのは、家族を残して逃げるなんて出来なかったから。そして、残り時間が、あと4分を切った頃、屋上には、金森と乗客5人の計6人だけが残された。


「お父さん!!」


 その後、次のゴンドラが地上に降りてくると、金森の妻と娘たちが降りてきた。

 金森は、抱きついてきた娘たちをキュッと抱きしめると、妻に今の状況を手短に話す。


 最後のゴンドラが降りてきたら、すぐにヘリコプターに乗り込む。もはや、一刻の猶予もない。


 すると、そうこうするうちに、橘が乗るヘリコプターがやってきた。中には、橘と操縦士の2人だけ。


 残り時間が3分となり、ヘリから降りてきた橘が、手早く金森の家族をヘリコプターに乗せると、そのタイミングで、最後のゴンドラが降りてきた。


 ──ガコン!


 金森が、ゴンドラのロックをはずし扉を開ける。すると、中から、高校生の男女が降りてきた。


 四月一日わたぬき長谷川はせがわだ。


「君たち、今すぐヘリコプターに乗り込んで! 8時に爆弾が爆発する」

「爆弾!? 火事じゃなかったんですか!?」


 寝耳に水な話に、長谷川が驚きつも悲鳴をあげたが、金森がすぐさま指示をすれば、四月一日たちは、言われるままヘリコプターに乗り込んだ。


 迅速に、残りの乗客の避難を終えると、最後に橘がヘリに乗り込みながら確認をする。


「これで、乗客は全部か!?」

「はい!」

「じゃぁ、これより離陸する。大人は子供達を、しっかり支えて」

「助けてください!!!」

「「!?」」


 だが、その瞬間、突然声が響いた。


 橘が乗り込み、ヘリの扉を閉めようとした直後、そこに現れたのは、矢先ほど逃げたはずの親子連れだった。

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