第104話 足掻け


「助けてください!」


 その声を聞いて、その場の全員が息を飲んだ。


 視線の先に見えたのは、夫婦と、まだ幼い女の子の家族連れ。だが、その家族をみて、四月一日は、ふと思い出した。


 なぜなら、その人たちは、一ヶ月ほど前、コンビニで起こったあの強盗事件の時にも、一緒に居合わせていた家族だったから。


「……あの人たち」

「知り合いなんですか、四月一日くん」

「いや、ただ少し前に一緒に事件に巻き込まれて……確か奥さんは妊娠中だとかって」

「三人とも、早く乗れ!」


 四月一日の話を聞きながら、橘が早急に声をかけた。

 妊娠中ということは、きっとまともに走ることができず、ヘリが来たのを見て、戻って来たのかもしれない。


 なにより、もう時間がない。残り時間は2分を切って、一刻も早くこの場から離れないと爆発に巻き込まれる。

 だが、その瞬間、ヘリの操縦士が声を上げた。


「待ってください、橘さん! これ以上は定員オーバーです!」

「わかってる!」


 操縦士の切羽詰まった声が響いて、橘が返せば、乗客たちは騒然とした。ヘリの定員は8名。操縦士に橘、そして金森とその家族が3人に高校生が2人。

 もう既に8人が乗車していて、明らかに定員オーバーだと分かった。だが、橘は、その家族をヘリへ招き入れると


「子供3人で、大人2人分。なら、あと一人は大人も乗せられるだろ!」

「そうですが、でも、あと一人じゃ!」

「代わりに俺が降りる!」

「え?」


 すると橘は、三人を乗せたあと、すぐさまヘリから降りた。


「早く出せ!」

「ちょ、なにやってるんですか!? 橘さんも!」

「ダメだ。さすがに、これ以上は重量オーバーだ。ヘリが落ちたら元もない」

「でも……っ」

「いいから、早く行け!」


 橘の言葉に、金森はキツく唇をかみ締めた。

 今、ヘリの中には全部で9人。子供を3人を大人二人分だと仮定しても、多少、重量をオーバーする。


 それゆえに理解はしていた。ここで橘を乗せるのは、あきらかに得策じゃない。だが、ここに置き去りにするということは、もう助からないということで──


「ダメです! 乗ってください!」


 金森が叫べは、橘は苦笑しつつも、優しくわらいかけた。


「大丈夫だ。死ぬつもりで残るわけじゃない。最後まで足掻くさ。それに、万が一助からなくても、俺の息子はもう高校生だ。俺がいなくても、なんとかやっていける……その子達には、まだ父親が必要だろ。自分の家族、しっかり守れよ」

「……っ」


 まだ小さい3人の子供たちを見つめて、橘がそういえば、金森の目にはじわりと涙が浮かんだ。


 もう、時間がない。早くにげないと爆破に巻き込まれる。なにより橘がいうのだ。このヘリの乗客たちを確実に守り抜けと──


「ッ──ヘリを出して!!」

「わかりましたッ!」


 すると、金森が叫び、操縦士もまた涙声を上げた。扉を閉め、勢いよくプロペラが回り出すと、ショッピングモールの屋上に橘を一人残し、ヘリは空へと飛び立った。


 激しい音を立てて浮上するヘリ。すると、去っていくヘリを見送ることなく、橘もその場から駆け出す。少しでも生きる確率をあげるため、観覧車からできるだけ離れようと、下の階へと急ぐ。


 だが……


「あの野郎、一発殴ってりゃ良かった……ッ」


 走りながら、腕時計で時刻を確認した橘は、津釣のことを思い出し、珍しく愚痴を零した。


 今の時刻は、19時59分08秒──

 爆破まで、残り52秒。


 数秒後に爆弾があ爆発するかと思うと、恨み節の一つでも零したくなる。


 だが、客も従業員も、みんな避難させられた。

 観覧車の乗客も無事だ。


 アイツの思いどおりには、絶対にさせない。


(諦めるな、最後まで──)

 

 別れの言葉を紡ぐ時間があるなら、その僅かな時間を、生き残るために使おう。


 自分にだって、家族がいる。

 待っている、妻と息子がいる。


 なら、最後まで、足掻くんだ。

 諦めず、走れ。また、家族に会うために──








「な、なんで……っ」


 一方、残り52秒を過ぎて、カウントダウンが進むなか、皇成は目の前の光景に愕然としていた。


「矢印さま、俺は《赤》と《青》のコード、どっちを切ればいいですか!?」


 あれから、皇成は、ひたすら矢印に、その質問を繰り返していた。いつもなら、すぐに矢印様が揺れ、片方をさしてくれる。


 それなのに、何度問いかけても、矢印さまは、ピクリとものだ。


「な、なんで……なんで、振れないんだ?」

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