第105話 赤か、青か


「な、なんで……なんで振れないんだ」


 額には、じわりと汗が滲み、皇成は、目の前の光景に困惑する。


 一体、何が起きているのか?それが、全く分からなかった。


 質問したと同時に、いつも通り、2枚のプレートは現れた。【赤】と【青】のプレートだ。だが、その中央に現れた【↑】が、なぜか全く動かない。


「なんで……っ」


 これまでにない事態に、皇成は酷く動揺し、呼吸が早まる。


 もしかして、女神がとり上げたのだろうか?


 女神は、姫奈と別れなければ、矢印様を取り上げると、夢の中で言っていた。

 だが、このタイミングで?


 いや、これが本当に女神のせいだとは限らない。

 なぜなら、自分で言ったのだ、矢印さまに。


 、力を貸してくれと──


「っ……」


 自分の言葉を噛み締めて、皇成はニッパーを掴む手をきつく握りしめた。


 あれがまた、一つのだったのかもしれない。


 あの時、自分は、一生分の采配を全て姫奈を見つけることに使った。なら、矢印様はちゃんと役目を果たしてくれた。姫奈をみつけるまで、付き合ってくれたのだから。


 それに、きっとここで『正解』を導き出せないようなら、この先、姫奈を守りきることは出来ないと思った。


 人生は、全て『運』次第だ。

 

 運が良ければ生き残り、運がなければ、あっさり死んでしまう。そんな理不尽で、どうしようもない世の中で、人々は日夜、選択を繰り返してる。


 ひとつ間違えば、死んででしまうかもしれない。 ほんの些細な選択一つで、積み重ねてきたものが全て無駄になってしまうかもしれない。


 そんな世の中で、それでも人は努力を重ね、ほんの一握りの幸運を掴み取るために、先の見えない選択を繰り返してる。


 ――試されてる気がした。


 自分が、そのわずかな幸運を掴み取れる人間かどうかを。

 姫奈の傍にいていい、人間かどうかを──


「あと、30秒……」


 再びパソコンを見つめれば、画面は【00:00:30】と表示されていた。秒数が0に向かうにつれて、心の中には大きな焦りが生まれる。


 だが、もう迷ってる時間も、悩んでる暇もない。こうなったら、自分で決めるしかない。


「赤と青……どっちを選べば……ッ」


 二本のコードを見つめ、皇成の心は自然と震え出した。


 確率は、二分の一。

 間違ったコードを切れば、命を落とす。


 先の分からない未来に、手が震えた。矢印さまがいないのは、こんなにも不安で、こんなにも恐ろしくて──


 だけど、選ばなければ、奇跡は起こせない。


 決めなきゃいけない。

 生か死か、それを決める、一世一代の選択を──


「姫奈……」


 残り20秒を切って、皇成は姫奈の頬に、そっと手を伸ばした。自分が巻いてあげた緑色のマフラーを握り締めて眠る姫奈は、少しだけ安心しているようにも見えた。


 ――生きたい。この先も、姫奈と一緒に。


 でも、そのためには、勝ち取らないといけない。

 "生きるためのコード"を。


 残り15秒を切ると、皇成は姫奈の手を握り締め、すっと息をついた。


 ――14


 ──13


 その間も、カウントダウンは進み、着々と0へと近づいていく。


 ──12


 矢印様、俺は今まで

 とても能天気に生きてきました。


 あなたがいてくれたから

 未来に怯える必要などなかった。


 ――11



 でも、最後くらいは自分で選んで見せます。


 生きるための選択を



 ──10



 だから、どうか見ていてください。


 矢印さまに頼らずに決めた



 ――9



 俺の《生き様選択》を――



 ――8




 ――7




 ──6




 カチコチと、時計の音が響く。


 取調室の中、頬をつきながら時計を見つめる津釣つづりは、時間が進むのを見つめながら、静かに笑っていた。


 聖女に、よく似たあの女は

 あの後、どうしたのだろう?


 何も出来ず、死を待つだけだったのか?

 それとも、あの6本のコードをきったのか?


 もしも切れたのだとしなら、それだけでも、充分運がいい。だけど、その運も、そこまで。


 きっと、止まらない爆弾に絶望したあと、残された赤と青のコードを見つけて、奇跡を見いだしたかもしれない。


 だけど、奇跡なんて、絶対に起きない。

 なぜなら、あの赤と青のコードは


 も『不正解』なのだから――


「ふふ……ははは」


 時計の針が、ラスト5秒を切った。


「――4」


「――3」


 すると、津釣は、歌うようにカウントダウンを始めた。



 『リア充に爆発してほしい』といった、皆さん。

 あなた方は、みんな俺のです。


 あなたたちの言葉がなければ、きっと、俺のような犯罪者は生まれなかったでしょう。


 だから、これから死ぬ人々は

 あなたたちが、殺したも同然。


 さぁ、それを知った、あなたたちは

 これから、どうするでしょう?


 あんな言葉、冗談だったと

 自分を守りますか?


 言わなかったフリをして

 善人を装いますか?


 それとも、その言葉を言った人々を吊るしあげて

 糾弾するでしょうか?


 正義の仮面を被って、また平気で、誰かを傷つけようとするのでしょうか?


 醜いですね。

 正義も悪も、どちらも醜い。


 だから、俺は、今も昔も




「──2」



「──1」





 そんな人間が、大嫌いです。







 ──カチッ


 秒針が静かに0を指すと、時計の針は、夜8時丁度を知らせた。


 そして、その瞬間、子供のような津釣の笑い声が、警察署の中に響きわる。


「ふふ、ははは──さよなら、リア充さん♪」



 ──12月24日 午後8時00分。


 今、この瞬間から、世界が変わる。


 この事件の後

 人々は何を思い、どう変わるのだろう?


 明日が、とても────楽しみだ。



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