第106話 最後のコード
「ありがとうございました」
喫茶店でバイト中だった隆臣は、皇成と電話をしたあと、また店内に戻って来ていた。イブの夜は何かと忙しく、ゆっくり夕食をとる余裕もなく、また仕事が始まった。
(もう、8時か……)
店内で、お客様を見送り、空いたテーブルを片付けながら時計を見やれば、時刻は丁度8時を指していた。
アンティーク調のオシャレな張り子時計の秒針が、40から41へと変わる。
(皇成は、あれからどうしただろう)
そして、その瞬間思い出したのは、観覧車を止めて欲しいと訴えてきた皇成の事だった。
あの切羽詰まった声は、今も隆臣の頭の中を駆け巡っていた。無茶や要求とはいえ、叶えてやれなかったことを悔やむ。
(アイツ、今、どこにいるんだろう)
手際よくテーブルを片付けながら、隆臣は、店の外を見つめた。冷えた夜には、チラチラと雪が降り、静かな夜を描き出す。
(危険なことに、巻き込まれていなければいいけれど……)
第106話 『最後のコード』
◆◆◆
──ドーン!!
ショッピングモールの上空にて、最後の乗客たちを乗せたヘリの中では、突然の爆破音に、乗客全然が身をかがめていた。
大人たちは子供たちを守り、
そして、その最悪の事態を予測し、金森は身を震わせた。ヘリの外を確認するのが怖い。
橘さんは、どうなっただろう。
自分たちは、これからどうすればいいのだろう。
「お父さん見て! 花火ー」
「え……?」
だが、その瞬間、子供たちの無邪気な声が響いて、金森は呆気に取られた。あまりにも場違いな声色に、大人たちが恐る恐る顔を上げれば、窓の外には、大輪の花火が打ち上がっていた。
「え、花火?」
「今の音……爆弾じゃないの?」
色とりどりの花火をみて、大人たちが呟く。
8時に鳴り響いた爆破音。それは、爆弾の音だと思っていたが、どうやら花火が打ち上がった音らしい。
すると、金森は子供たちから離れ、やっと窓の外を確認した。少し離れた上空から、ショッピングモールを見つめる。
すると、そこは、何も変わっていなかった。
建物が崩れる様子もなければ、火が立ちのぼる様子もない。金森はそれを見て
「爆発……してない?」
◆
◆
◆
ヒュ────、パン
聖夜に打ち上がる花火の音は、廃ビルの中にも響いていた。
赤や黄色といった花火の灯りは、無機質なビルの中を照らし、そして、その灯りにてらされながら、皇成は、震えていた。
「はぁ……はぁ……っ」
荒い呼吸のまま、目の前の爆弾を見つめる。
爆破の一秒前、皇成は最後のコードを切った。
まさに賭けだった。
人生をかけた盛大な賭け。
そして、自分たちの今を確認して、皇成はふっと息をついた。
「止まっ……た」
震えた声が、ビルの中に響いた。
カウントダウンを刻んでいたパソコンの画面を見れば【00:00:01】
残り一秒のまま進まなくなったカウントダウンに、震える手からニッパーがカタンと床に落ちた。
止まった。止められた、爆弾を──
だが、皇成の前にある爆弾は、コードが切れていなかった。赤と青のコードは無傷のまま残っていて、代わりに切られていたのは
パソコンと爆弾を繋ぐ──【緑】色の配線。
「さすが……矢印さま……!」
瞬間、気の抜けた表情で、皇成は微笑んだ。
パソコンと爆弾を繋いでいた【黒】と【緑】の二本のコード。そのうちの【緑】を切ったのは、爆発の直前、姫奈に巻いていたマフラーを見て、思い出したからだ。
今日の午前中。
矢印さまに、ある問いかけをしたことを──
『矢印さま、俺は『黒』と『緑』、どちらを選べばいいですか?』
マフラーの色を問いたはずの、その質問が、今に繋がるとは思わなかった。
もちろん、盛大な賭けだったことに違いはない。
状況は、あきらかに赤か青を切れと言っていて、ここで、緑を切るなんて、明らかに無謀だった。
でもラスト数秒で、皇成は切るコードを、赤でも青でもなく、緑に変えた。
あの時、矢印様がいっていた【緑】色に──
「ッ……姫奈! 姫奈!」
その後、無事を確信した皇成は、姫奈を揺り起こした。爆弾は止まった。だが、まだ全てが終わったわけじゃない。衰弱した姫奈を、早く病院に連れていかないと──
トゥルルルルル
すると、その瞬間、皇成の携帯が鳴り響いた。
出れば、その相手は、ずっと姫奈を探すのを手伝っていた、鮫島くん。
「矢神! お前今、どこにいるんだ!!」
「鮫島くん……今、蔵木の八丁目。廃ビルになった音楽スタジオの中」
「音楽スタジオ?」
「姫奈を見つけた。すぐに救急車と、警察を呼んで! ビルの中に……爆弾がある」
「爆弾……!?」
皇成から事情を聞けば、鮫島はすぐに、警察と救急車は俺に任せろ!と言って、電話を切った。
皇成は、疲れた体にムチを打ちながらも、姫奈を抱き起こし背におぶると、爆弾がある部屋から出て、階段を降り始める。
「姫奈、今、救急車が来るからな……っ」
7階から出来るだけ早く1階へ。救急車が来たら、すぐに姫奈を乗せられるように。
ヒュ───、ドーン
そして、その間も、花火の音はたえまなく響いていた。それはまるで、勝利を彩るかのように。
画して、長い長い聖夜は、やっと終わりを告げる。
だが、それから一週間が経っても、姫奈が目を覚ますことはなかった。
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