第62話 クリスマス・イブ


 それがら二日がたち、ついに運命の日がやってきた。


 12月24日──今日は、どうしたって気が抜けない。


 だからか、世間の陽気な雰囲気とは裏腹に、皇成の表情は、いつもより険しかった。


 とはいえ、一応クリスマス・イブで、彼女に会うとなれば、それなりに心も踊るし、身だしなみにも気を使う。


 だからか、姫奈を迎えに行く直前、皇成は、自室で、しばらく唸っていた。

 服装は、ばっちり決まったのだが、首に巻いていくマフラーの色が決まらないからだ。


「うーん、黒? それとも、緑?」


 ネイビーブルーのコートの上に着けていくマフラーの色で、数分悩む。


 ちょっとシックに、それでいて大人っぽいイメージになるようコーディネートしたいのだが、いかんせん底辺だった皇成に、ファッションセンスは、ほとんどなく。


「あーもう、やっぱ矢印様に聞くか……!」


 そして、最終的に矢印様に頼ることで落ち着く。だが、ここで、少し気になることがあった。


 それは、夢の中で女神が言っていた、あの言葉。


 女神は『姫奈と別れなければ、矢印様を取り上げる』と言っていた。だが、いまだにのだ。


(あの女神、どういうつもりなんだ?)


 ──アレは、ただの脅しだったのだろうか?


 そんなことを考えつつも、答えが出るはずもなく、皇成はすぐさま思考を切り替え、矢印様に問いかける。


(矢印さま、矢印さま。俺は『黒』と『緑』どちらを選べばいいですか?)


 すると、ピコン!と矢印が現れて、すぐさま片方を指した。矢印様が、選んだ色は──『緑』


(うん、今日も使える)


 そして、無事に矢印さまを使えていることを確認すると、皇成はすべての準備を整え、姫奈に電話をかけた。


「あ、もしもし、姫奈?」


 何回かコール音がなったあと、姫奈は明るい声で、電話に出た。いつもと変わらないその声に、皇成は心做しか、ほっとする。


「(良かった、元気だ)準備できたか?」

『うん、出来たよ』

「じゃぁ、今から迎えに行く」

『わかった。待ってるね!』


 簡潔に会話をして、皇成は電話を切ると、その後は、弟の優成ゆうせいに留守を任せ、皇成は家を出た。


 姫奈の家までは、約10分ほど。


 昨日の夜は雨が降っていたが、今日の朝にはすっかりあがって、空は見違えるように晴れていた。


 きっと、今夜、観覧車から見るイルミネーションは、噂通りの絶景だろう。そんなことを思いながら、皇成は足早に姫奈の家へと向かった。



 *


 *


 *


 そして、皇成との会話を終えた後、姫奈は、頬を染めながら、スマホを握りしめていた。


(ついに、この日がきちゃった……っ)


 ついに、待ちに待ったクリスマス・イブがやってきた。映画館以来のデートだ。

 それも、皇成の家にお泊りとなれば、やはり、心の中は、ちょっとだけ忙しない。


(市営住宅にいた頃は、皇成くんの家に何度も泊まりに行ってたのになぁ……やっぱり、あのころとは全然違う)


 恥じらいと緊張のため息が、喉から漏れる。


 あの頃は幼稚園生だったが、今は高校生。しかも、その関係性も幼馴染から恋人に変わり、それを意識したせいか、鼓動はますます早くなる。


 だが、それでも、今夜は時間を気にせず、皇成と一緒にいられる。それは、とても嬉しくて……


「素敵なクリスマスになるといいなぁ……」


 そう、期待に胸を躍らせつつ、姫奈は、一階に降りる準備を始めた。


 さらりと肌さわりのよりオフホワイトのニットの上に、暖かな赤のコートを羽織ると、宿泊用の荷物を詰め込んだリュックを背負った。


 リュックを背負うと、全体的にカジュアルな雰囲気になる。だが、それでも、姫奈ほどの美少女が身につければ、どこかガーリーで可愛らしい印象に仕上がった。


 ――ピンポーン。


「?」


 だが、その瞬間、突如インターフォンがなって、姫奈は首をかしげた。


(あれ? もう、着いたんだ)


 電話を切ってから、まだ5分もたっていない。

 とはいえ、家を出てから電話をした可能性もあるため、姫奈は、誰もいない家の中、トントンと軽やかに階段を下りると、その後、玄関で靴を履いた。


 レースアップのオシャレなブーツは、先日新調したばかりだ。

 やはり、彼氏に会うなら、少しでも可愛く見られたい。そんな乙女心は、学園一の高嶺の花といわれる姫奈にも、当然あった。


「お待たせ、皇成くん!」


 その後、全ての準備を整えて、玄関を開けると、冬の空の下、姫奈は愛らしい笑顔で出迎えた。


 だが、姫奈が笑いかけた先にいたのは、皇成ではなく――


「え?」


 瞬間、の姿に、姫奈は目を見開いた。

 カーキ色のコートをきた男は、フードを頭まですっぽりかぶっていて、その姿は、見るからに怪しい。


(だ、誰……?)


 警戒し、姫奈が一歩下がる。するとその瞬間、男は爽やかな笑顔を浮かべて、こう言った。


「初めまして──さん♪」

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