第61話 変わりゆく未来


「では、私と一緒に、観覧車に乗りませんか!?」

「え?」


 その予想外の言葉に、四月一日は目を見開いた。まさか、この先輩から、観覧車に乗ろうなどと言われるとは思わなかった。


 しかも、クリスマスに――


「どうしたんですか、いきなり」


「おぉ、よくぞ聞いてくれました!! 実は、先ほど碓氷さんから、クリスマス限定で使える観覧車のチケットを譲り受けたのです! なんでも、お二人は乗れなくなってしまったそうで、捨てるのは勿体ないから、相談に乗ってくれた、に是非譲りたいと!!」


「あぁ、それで……って、僕は、相談には乗っていませんけど」


 ズズイと身を乗り出し、チケットを見せつけてきた長谷川に、四月一日は眉をひそめた。

 無理もない。先日、姫奈が訪れた時、四月一日は、ただ本を読んでいただけで、相談になど一切乗ってない。だが、そんな四月一日に、長谷川はなおも食い下がる。


「何を言うのですか! 一緒に部屋にいたのですから、相談にのったも同然です! と言うわけで、行きましょう、観覧車!」


「……行きましょうと、いわれましても」


「だって、あの観覧車からみるイルミネーションは、格別だとの話ですよ! しかも、チケットがあったった強運の持ち主にしか見れないという超レア光景! これを、新聞部が特集しないでどうするんですか!? それに、何を隠そう、私もボッチなんです! 四月一日君がそうであるように、私も彼氏どころか、友達だっていないんです! 四月一日くんが一緒に行ってくれなかったら、私は、カップルたちがひしめく夜の観覧車で『あー、あの人一人で乗ってる、可哀想~』なんていって、蔑まれること間違いなしです!! というわけで、新聞部の親睦会もかねていきましょう! 先輩たちが抜けてから、残る部員は、私たち二人だけ! 来春には、なんとしても新入部員を入れなくては同好会に格下げです! ここで一致団結して、来年の抱負を一緒に話し合いましょう、そう、観覧車の中で!!」


「…………」


 別に、観覧車の中でなくても、抱負は話し合えるだろう――四月一日はそう思った。


 だが、色々言っているが、要はイルミネーションを見たいのだろう。


 クリスマス・イブの日。この桜川は、いつも以上に光で溢れる。そして、その美しい街の風景が、観覧車からは一望できるのだ。


 だからこそ、人々が殺到し、いつしか混雑を防ぐため、チケット制になった。


 クリスマス・イブの夜。そのイルミネーションを見ることができるのは、選ばれた人間だけ。下手をすれば、一生選ばれない人間だって中にいるかもしれない。


「はぁ……わかりました」


 すると、四月一日は、渋々了承した。だが


「わぁ、ありがとうございます!──て、なんだか、すごく不満そうですが?」


「いや、不満ではありません。イルミネーションは、正直、僕も見て見たいです。でも、観覧車の中は、きっと暗いでしょうし、文字は読めないだろうなと」


「四月一日君、そんな時くらい文字を読むのはやめてはどうです? 君それだと、一生彼女できませんよ?」


 先輩とはいえ、女子と二人っきりで観覧車に乗るのに、それよりも活字を愛する四月一日をみて、彼の将来を、ちょっとだけ不安視した長谷川だった。



 *


 *


 *



「碓氷さん、日誌書いたら、もう帰っていいよ~」


 終業式が終わったあと、図書委員である姫奈は、図書室で係りの仕事をしていた。

 今日は、二学期最後の日だからか、貸し出しも多かった。


 だが、その後、図書室が閉館の時間を迎えると、姫奈は日誌を書き終わり、学生鞄を手にした。図書室の中と移動し、奥にあるテーブルまで進む。すると、そこには、テーブルにつっぷして、うたた寝をしている皇成の姿があった。


 姫奈が図書委員の仕事を終えるのを待っていてくれた皇成。だが、どうやら待ちくたびれて眠ってしまったらしい。


 その後、姫奈は、皇成の元に歩み寄り、眠る皇成の顔をそっと覗き込んだ。


(まさか、クリスマスを皇成くんの家で過ごすとは思わなかったなー)


 あの話のあと、両家からは、あっさり許可がでた。

 元々、幼馴染なだけあり、お互いの親が顔見知りだったことと、親の監視下なら、逆に安心だという理由で、姫奈の父も兄も、二つ返事でOKしてくれた。


 勿論、皇成サイドも、かなりの歓迎ムードで『久々に姫奈ちゃんが泊りに来るー』と、まるで小学生のお泊り会のようなノリだった。


 まぁ、こうして、お互いの親に認められ、祝福されるのは素直に嬉しい。


「皇成くん、終わったよー」


 傍に近づき、皇成の耳元で呼びかける。

 すると、皇成がうっすら目をあけて、姫奈を見つめた。


「んー、終わった?」


「うん、待たせてごめんね。先に帰っててもよかったのに」


「いや、ちゃんと送ってく」


「ふふ」


「ん? どうした?」


「うんん。なんだか、大事にされてるなーって」


 そう言って、姫奈が可愛らしく微笑めば、それを見て、皇成は頬を赤らめた。


 そりゃ、大事にするだろう。

 こんなに可愛くて一途な彼女、大事にしないわけがない!!


「それより、まだ寝不足なの?」

「え、あー。いやいや、もう大丈夫」


 だが、その後、うたた寝していたことを姫奈が心配してきて、皇成は明るく答えた。


 あの後から、皇成は、矢印様の使い過ぎで疲労した体を休めることに専念した。

 そのおかげが、体調も戻り、数日後のクリスマスは万全の状態で挑める。


 なにより、外でデートすれば、先日のコンビニ強盗のように、事件や事故に巻き込まれる可能性もあるが、自宅なら、そう事件が起こることもない。


 そんなわけで、無事に両家の許可もおりて、安心したのもあるかもしれない。ここ数日は、ゆっくり眠れたし、体も休められた。


 ちなみに、イブ当日は、午前中に姫奈を家まで迎えにいき、午後に入る前に、皇成の家に連れてくることになっている。こうすれば、24日の午後に姫奈が亡くなるという未来は、きっと回避できるはず!


(よし、大丈夫……姫奈は、絶対に死なない!)


 そう、強く思う。


 女神が何と言おうと、姫奈がいない未来が、自分にとっての幸せな未来だとは、とても思えない!


 だが、姫奈が観覧車に乗らないことで、また別の二人の運命が変わってしまったことに、皇成たちは知る由もなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る