第17話 矢印 VS 矢印
――ピンポーン!
リビングに軽やかに弾むベルの音。そして、その音に、皇成たちは同時に首を傾げた。
「誰だろう? こんな朝早くに……」
「…………」
優成の言葉に、皇成は眉を
今の時刻は、7時半。こんな早朝から、尋ねてくる人間なんて、矢神家にはほぼいない。だが、いないと分かりつつも、皇成には、ふとある人物がよぎった。
(いやいや、まさか。今日は一緒に行くって約束してなかったし。なにより、俺の家知らないはずだし……って、昨日、庭付きの一戸建てなの知ってた)
そう、なんだか、色々知ってたのだ。
すると、無性に嫌な予感がして、皇成はふと問いかけた。
(矢印様。今のインターフォン。出たほうが良い? 出ないほうが良い? どっち?)
すると矢印様は、あっという間に「出ない方がいい」をさし、その瞬間、皇成は確信する。
今、玄関にいるのは、確実に──碓氷 姫奈だと。
「俺、見てくる~」
「ああああぁぁ、待て優成! 出るな!!」
「え? なんで?」
「なんでって、こんな朝早くに尋ねてくるなんて、変態か、不審者か、悪女かもしれない!?」
「えぇ、悪女!? でも俺、もう学校行かないと」
「あー、じゃぁ、俺が先に出て追い払うから、優成は、その後学校に」
──ピンポーン!
「ひぃ!?」
すると、またまたインターフォンが鳴って、皇成は悲鳴を上げた。
姫奈を、家族を会わせるのは、なんとしても避けたい!
なぜなら、矢神家は、皇成が幼稚園の時から、姫奈に片思いしているのを知っていた。そんな中、姫奈と付き合ってるなんてことがバレたりしたら……。
だが、幸いにも、母親は今二階のベランダで洗濯物を干していて、どうやらインターフォンの音には気付いていないらしい。
ならば、優成さえ誤魔化せれば、この場をしのぐことができるかもしれない。皇成は、そう判断すると、家から姫奈を遠ざけようと、すぐさま学校へ行く準備を始めた。
──ピンポーン!
だが、そんな皇成を他所に、外では姫奈が三回目のインターフォンを鳴らしていた。
(うーん……出てこないなー)
普段よりも身だしなみを完璧に整え、やってきた姫奈。だが、なかなか出てこない矢神家に、姫奈はうーんと首をひねる。
いくらアポなしで来たとはいえ、一人も出てこないのは、ちょっとおかしい。
(もしや、皇成くん。矢印様に「出るな」って言われたな?)
なんとなく、そんな気がして、姫奈は小さくため息をついた。
せっかく、皇成の家族に、挨拶するつもりできたのに、これでは、朝から気合を入れてきた意味がない。だが、あっちがその気なら、こっちだって……。
姫奈は、スッと目を閉じると
(矢印さま、矢印さま……私は、このまま皇成くんを待っていた方がいいでしょうか? それとも、二階にいる、お母様に声をかけたほうが良いでしょうか?)
この先の行動を、矢印様にゆだねれば、その瞬間、姫奈の目の前に、二枚のプレートが現れた。
『ピンク』と『白』のプレートだ。
右のピンクのプレートには《皇成を待つ》と書かれていて
左の白のプレートには《母親に話しかける》と書かれていた。
そして、その中央の矢印は、ゆらゆら揺れて、その後、片方を指す。
そう──《母親に話しかける》と書かれたプレートを。
(ふふ……こっちね)
その采配に、姫奈はクスリと笑うと、玄関から一旦離れ、そのまま二階のベランダを見上げた。
すると、そこには、皇成の母親である矢神
「麻希さーん。お久ぶりでーす!」
「え? はーい」
すると、麻希が、すぐさまベランダから顔を出した。
こうして話をするのは、何年ぶりだろうか? もしかしたら、忘れられてるかもしれない。そう思ったが、どうやら麻希は、しっかり姫奈のことをおぼえていたらしい。姫奈と目が合うなり、麻希はベランダから身をのりだすと
「え、うそ? もしかして、姫奈ちゃん!?」
「はい。昔、お隣にすんでた碓氷姫奈です。覚えててくださったんですね?」
「覚えてるに決まってるじゃない! 姫奈ちゃん見かける度に、綺麗になってくんだもの。忘れるわけないよ!」
「ふふ、嬉しい。……あの、今日はすみません、こんな朝早くに。インターフォンをならしても、誰も出てこなかったので」
「え!? 皇成たち、何やってんのかしら。ごめんね、姫奈ちゃん。今日は、どうしたの?」
「はい。実は、皇成くんをお迎えに」
「え?」
すると、麻希は一瞬驚いて、その後、何かを察したらしい。
「ちょ、ちょっと待っててね! 今、皇成、連れてくるから!!」
そうといって、洗濯物を中途半端に放り投げると、バタバタと一階へと駆けおりていった。そして、姫奈は、そんな麻希を見送りながら
「……ごめんね、皇成くん♡」
と、可愛らしく笑ったのだった。
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