第82話 6本のコード


 冷えた廃ビルの中で、姫奈は、かじかむ手をきつく握りしめた。


 色褪せたポスターの裏には、矢印様によって導き出した、6本のコードの順列。


 正しい順番をやっと導き出せたからか、姫奈の顔には、久方ぶりに笑顔がうかんだ。


 やっと終わった。

 やっと導き出せた。


 倒れないよう、休み休み采配を受けたため、思ったより時間はかかったが、爆破の時間まで、まだ1時間以上も残ってる。


 これならきっと、爆弾を止められる。


「はぁ……あとは、この順番を矢印様に」


 姫奈は、かじかむ手を握りしめながら、まるで祈るように矢印様に問いかけた。


「矢印様。このコードをこれから『桃⇒茶⇒白⇒黄⇒紺⇒紫』の順に切ります。爆弾は爆発しませんか?」


 最後の力をふりしぼり、矢印様に問いかける。


 いくら矢印様が導いた結果とはいえ、細心の注意を払い、それが正しいかを問いかけたのは、絶対に失敗出来ないから。


 間違えれば、その瞬間、爆発して観覧車やショッピングモールにいる人たちの命も奪われる。


 自分のせいで、そんな大惨事にはさせられない。


 すると、それから暫くして、矢印さまはピタリととまった。矢印が指したのは《爆発しない》と書かれたプレート。そして、それを見て姫奈は、ほっと胸をなで下ろした。


(よかった、この順番で間違いないみたい……っ)


 この通りに切れば、爆弾は爆発しない。


 そう思った姫奈は、男から受け取ったニッパーを手に取った。


 まずは、一本目──『桃色』のコード。

 だが……


(本当に、大丈夫よね……?)


 大丈夫だと、矢印様には言われたのに、いざ切るとなると、やはり手が震えた。


 それに、さっきから、寒気がして体が熱くて、気分も悪い。完全に風邪を引いたらしく、熱が出ているのが分かった。


 そして、この不安を更に後押ししているのか、さっきまで止まっていた観覧車が、こと。


 外に目を移せば、暗くなりライトアップされた観覧車が、優雅に回っていた。


 あのまま、止まってくれていたら良かったのに、そう上手くはいかないらしい。


(長谷川さんも、あそこにいるのかな……?)


 先日、チケットを譲ったせいで、今は長谷川の命も危険に晒されていた。自分のせいで、本来死ななくてよかった人まで死んでしまう。

 なら、何としても止めなくては……!


(大丈夫。矢印さまが、爆発しないって言ったんだから……)


 深く息を吸うと、姫奈は、ニッパーをきつく握りしめた。色に間違いがないかと何度と確認し、一本目のコードに、ゆっくりとニッパーを近づける。


 手は震えていた。心臓は痛いくらい鼓動を刻み、今にも気が狂いそうだった。


 だけど、この爆弾を止められるのは自分しかいない。

 姫奈はそう思うと、すぅと深く息を吸ったあと

 

 パチン──と、一本目のコードを切った。


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