第81話 今できること

『でも、そんなに強かった前世の貴方でも、あの娘のことは、守れなかったのですよ』


「……っ」


 女神の話は、皇成の心に深くのしかかった。


 世界を救った英雄になるほどの男でも、守れなかった女の子。なら、こんなひ弱な低辺には、到底無理なことだと、女神はいいたいのかもしれない。


 すると、案の定、女神は更に辛らつな言葉をなげかけてきた。


『今の勇者様は、弱すぎます。矢印の加護を使いこなすどころか、それを使う体力も精神力もなさすぎる。ここで目を覚ましても、勇者様にできることは何もありませんよ。わかったら、身の程を弁え、大人しく休んでください』


 女神が、また皇成の頭を撫でた。


 幼い子をあやすような手つきで優しく触れれば、それは自然と眠りへと誘う。


 だけど……


「う……っ」

『あら、まだ諦めないのですか? ダメですにゃ。今は眠ることに集中しなくては。深く息を吸って、ゆっくり呼吸を整えて……今休まなくては、守りたいものは守れませんよ』


 女神の言葉が、鼓膜を通じて、ゆっくりと身体の中に入り込んだ。


 守りたいもの──もう、失ってしまったのに?


 だけど、体は自然と、女神の言葉に呼吸を合わせていた。


 深く息を吸って、荒い呼吸を整える。

 ただ、眠ることだけに集中する。


 だけど、脳裏には何度も、姫奈の事がチラついた。


『ダメですよ。今、あの子のことを考えては』


 そうは言っても、考えずにはいられなかった。


 救えなかったのが、悔しくて

 もう会えないのが、悲しくて


 すると、また涙が流れてきて、女神は悲しげな笑みを浮かべたまま皇成に問いかけた。


『勇者様、選択してください。今ここで、しっかり休んで、また戦うか。それとも、回復に時間をとられ、何も出来ないまま失うか? どちらがいいですか?』


 女神の話を、呆然と考える。


 何を言ってるんだろう。

 もう失ってしまって、今更、戦う意味なんてないのに。


 だけど──


「もぅ……失い……たくない……っ」


 それだけはハッキリ分かって、ぽつりぽつりと消え入るように囁けば、女神がまた髪を撫でた。


『そうですね。前世の貴方も、死に際に同じことを思っていました。「もう失いたくない」と──なら、眠りましょう。今の貴方には、それしかできないんです。だから、集中してください』


 眠りに集中しろと、念押しされて、皇成はまた深く息をついた。


 身体が重い、呼吸も苦しい。

 女神の話は、全く意味が分からない。


 今は、眠ってる場合じゃないのに


『勇者様、失いたくないなら、眠ってください。間に合うか、間に合わないかは、あなた次第です。そして、もしも、間に合ったのなら、どうか見極めてください。目の前にあるものが、本当に真実なのか。貴方には、その力があるでしょう?』


 だけど、その優しい声には、不思議と希望のようなものが見え気がした。


 そよそよと風が吹く草原の中は、とても心地よくて、その空気を吸い込むように深く息をつくと、皇成は、静かに目を閉じた。

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