第80話 守れなかった者
そよそよと、優しい風が吹く。
花々の香りがする穏やかな草原の中で、皇成が、ふと目を開ければ、頭上から、いきなり女の声が降ってきた。
『だから言ったではありませんか。早く別れてくださいって』
聞き覚えのあるその声に視線をあげれば、銀色の長い髪をした猫耳の女が、皇成を見下ろしていた。
仰向けに横たわる皇成に膝枕をし、優しく頭を撫でる姿は、まさに女神だった。
だが、皇成は、自分に触れるその手を掴むと
「早く……起こせ!」
そう言って、女神を睨みつけた。
ここが夢の中なのは、すぐにわかった。だけど、夢の中だと言うのに、身体は鉛のように重く、思うように動かない。
『あらあら、それではまるで私が眠らせたみたいですにゃ。でも、違いますよ。勇者様が勝手に限界を超えて気を失ったのです』
「でも、アンタが消えれば、俺は目を覚ますだろ……!」
『ふふ、そうですね。でもダメです。これ以上、矢印の加護を使えば、精神を病んで、一生寝たきりなんてことにもなりかねません。だから、今はゆっくり休んでください。まぁ、寝たきりになって、私とここで一生、二人っきりで過ごしたいというのなら、今すぐ帰しても構いませんが』
「……っ」
寝たきりになれば、この夢の中から、一生でられないということだろうか?
朗らかに笑う女神に、皇成はじわりと汗をかいた。
ただでさえ、寝たきりってだけでも嫌なのに、この痴女と一生二人きりなんて、絶対嫌だ!
だが、休んだ方がいいと体は理解しつつも、心はそれに従おうとはしなかった。
早く戻らなきゃいけない。
そんな気がしたから──…
「く……っ」
『あ! ダメだと言ってるじゃないですか!』
起き上がろうと身体に力を入れるが、それをあっさり女神に制止された。
「っ……は、ぁ」
夢の中なのに、なぜか呼吸が荒い。意識も朦朧とする。身体が悲鳴をあげてるのが分かった。
だけど──
「姫奈……っ」
早くもどらなきゃ。
でも、戻っても、姫奈は……っ
「ッ……」
不意に、目に涙が浮かんだ。
後悔とか、悔しさとか、不甲斐なさとか、色んな感情が、心の奥から澱みなく押し寄せる。
守れなかった。
助けられなかった。
結婚の約束までした、大切な人を──
「は、……っ」
力なく息を吐くと、それと同時に、こめかみに涙が流れ落ちた。
そして、それは、女神の太ももに触れて、それを見て、女神が少し呆れ気味に吐き捨てる。
『勇者様。やはり、貴方が強かったのは、前世での話ですね。今のあなたは、あまりに脆弱すぎる。細い身体には、筋肉なんてほとんど付いてないし、思考だって、楽天的で優柔不断。はっきりいって幼すぎます。前世の勇者様は、同じ歳で魔王を倒し、英雄にまでなったというのに、あの強く勇ましかった勇者様が、こんな腑抜けに成り下がっていたなんて、女神はガッカリです』
「……っ」
なんか、慰めるところか、グサグサグサグサ心をえぐるような言葉をばかり返ってきた!
なんだ、その悲しむ隙すら与えてくれない辛辣さ!
そりゃ、魔王を倒した勇者と比べられたら、自分は限りなく脆弱な底辺だろうが
「あのなぁ! 前にも言ったけど、俺はこの日本で生まれた、ただの男子高校生なんだよ! そんな魔王が蔓延ってたころの殺伐とした前世と比べられても困るんだけど!?」
思わず噛み付いた。息はめっちゃ苦しいけど、なんか言わずにはいられなかった!
すると、女神は
『そうですよ。前世の貴方と、今の貴方は、全くの別人ですにゃ。でも、貴方の魂は、まぎれもなく勇者様の魂。そして、同じ魂を持つということは、その素質があるということです』
「素、質……?」
『はい。今は眠っているだけ、磨けば光るかもしれない。でも、今の貴方は、平穏な世界で生きてきたが故に、現状で満足してしまっています。弱く力ない底辺のままでいいとすら思ってる。でも、それでは、あの娘は守れません。だから、私は、別れるよう言ったのです』
「……え?」
『勇者様、前世のあなたは、とても素晴らしい方でした。強く逞しく、そして優しい心を持っていた。貴方に、救われた人々はたくさんいます。現に世界を救った英雄でもある。でも、そんなに強かった前世の貴方でも、あの娘のことは守れなかったのですよ』
「……っ」
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