第51話 皇成の前世
「あなたは紛れもなく、勇敢な魂を持った、勇者様の生まれ変わりです」
そう告げられたと同時に、きゅっと手を握り締められた。女の白い手が、やんわりと皇成の手を包みこむ。
(俺が……勇者の生まれ変わり?)
女神の言葉に、ひどく困惑する。
だけど、もしそれが本当なら、矢印様が視えることについて、妙に納得いく部分があった。だが、何より驚いたのは、昼間のコンビニ強盗の件。
もし、あの時、自分が動いていなければ、女の子は連れされていた。しかも、その後、意識不明になるほどの重体。
(怪我をするって、確かに采配では出たけど、そんな重い怪我をすることになってたのか?)
いや、重いなんてものじゃない。連れ去られて3日後に発見なんて、大人でも耐えられないほどの恐怖だ。
矢印様は、いつも最良の道を教えてくれる。だけど、それは未来を教えてくれるわけじゃない。だからこそ、選んだ先に何があるかは分からないし、その逆もしかり。
もし、あの時、自分が動いてなかったら……そう思えば思うほど、自然と背筋が震えた。
(いや、でも、それが……本当かは……)
だけど、それとは別に、冷静な自分もいた。これは、あくまでも夢だ。
ここが現実でないのは、目の前の猫耳の女を見ればわかる。なら、今の話も、ただの夢で、本当の話ではないかもしれない。
「あ、その顔は、まだ信じていませんね」
「ぅ……」
「もう! 信じてくださいにゃ! あなたは、世界を救った英雄なんですよ! すごい人なんですにゃ! だから私は」
「ていうか、仮にそうだったとしても、だから何?って感じなんだけど」
「え?」
「だって、魔王とか勇者とか、そんなゲームみたいな話、いきなり言われてもピンとこないし。大体俺は、日本で生まれて、日本で育った普通の男子高校生で……例え、前世の記憶を思い出したとしても、勇者だったころの人格は前世のものだ。今の俺とは、全く関係ない」
「…………」
すっぱりキッパリ、今の心情を伝えれば、女神は、ポカンと口を開けたまま、皇成を見つめた。そして
「えぇ、なんで、そうなるんですかぁぁ!? 勇者ですよ! ここは『そうだ俺は勇者だ!』とハッとするシーンでは!? 勇者様は、最近流行りの異世界転生をご存知ないの!? みんな前世の記憶を思い出した瞬間、別人のようになるじゃないですか!?」
「いや、漫画とリアル混同されても」
「そんなぁぁ! 私は、勇者様にこのことを伝えれば、あの輝かしい頃の勇者様の人格が、あなたの体に舞い戻ってくるとおもっていたのに!!」
「あんた、俺の人格殺す気だったの?」
可愛い顔して、えげつないな、この女神。
「言っとくけど、俺は勇者じゃなくて、矢神皇成! 仮に思い出したとしても、俺の人格は変わんねーし、いきなり勇者になんてならねーよ。それに、今の俺は、地味で華のない立派な底辺だ! あんたの期待にはこたえられない。だから、もう帰ったほうがいいぞ!」
なんで、こんな惨めな説明をせねばならんのだ。女神に掴まれている手を、あっさり振りほどきながら、皇成はため息をついた。
とはいえ、ここまでいえば、この痴女……じゃなかった、女神様も帰ってくれるだろう。
(ていうか、なんて変な夢見てるんだ? この女神がいなくなったら、目覚めるかな?)
だが、その後も、女神が皇成の夢から消えることはなく
「いいえ、帰りません。私は今日、勇者様に物申しに来たんです!」
「物申し? ていうか、いつまで勇者って呼ぶんだよ。いい加減やめ」
「いいえ、やめません。私にとってあなたは、勇者様ですから! それより、どうして最近、矢印の采配を無視してばかりなんですか!? せっかく、私が"矢印の加護"を授けてあげたのに! そんなことするんだったら、矢印、取り上げちゃいますよ!」
「え!? 取り上げる!?」
すると、プンプンと怒りの声が女神から上がって、皇成は慌てた。
取り上げるって、まさか、矢印様が視えなくなるってこと!?
「それは困る!」
「だったら、ちゃんと矢印の言うこと聞いてください。せっかく、あの娘から、引き離してあげたのに、自ら告白して、恋人にまでなるにゃんて……!」
「え?」
あの娘──その言葉に、皇成は小首を傾げる。話の流れから察するに、あの娘とは、きっと姫奈のこと。だけど
「引き離したって、なんだ?」
ドクンと鼓動が早まる。気になるけど、聞いてはいけないような、そんな嫌な感覚。
だが、それでも真面目に問いかければ、女神はその後、悲しげに答えた。
「だって、前世で勇者様が命を落としたのは、あの娘のせいですから」
「……っ」
その言葉に、皇成は息を詰め、同時に、また、あの夢の話を思い出した。
夢の中で、勇者が「生き返らせてくれ」と願っていた女の子。勇者の隣で、血だらけで倒れていた、あの亜麻色の髪をした女の子は
「まさか、あの子……っ」
「そうですよ。碓氷 姫奈は、あの娘の生まれ変わりです。そして、あの娘がいなければ、勇者様は命を落としていなかった。だからこそ、勇者様とあの娘を引き離すために、矢神家が市営住宅から引っ越すよう、矢印は采配したんです」
「え? 引越」
その言葉に、幼い頃の記憶を手繰り寄せる。
確かに矢神家は、皇成が小学一年生の時、市営住宅から引越していた。そして、そのせいで、姫奈とも疎遠になった。だけど
「ちょ、ちょっとまて! 引越に関しては親が決めたことで、俺は関与してないし、矢印様にも聞いてない!」
「あ、そうですにゃ。確かに、直接は関わっていません。でも、その少し前に、母親に聞かれませんでした、どっちのスーパーに行くか?」
「え? スーパー?」
「はい。幼くて忘れてるかもしれませんが、その時に、確かに矢印に聞いているんです。そして、勇者様が決めたスーパーで買った宝くじで、見事1000万当たりまして、それが住宅購入の決め手に」
「1000万!!?」
なんか、とんでもない話が飛び出してきた!! 俺が選んだスーパーで、母親が宝くじ買って、まさかの1000万!?
なんだそれ、一切聞いてねーよ!?
「あ、でも、そう言われてみれば……家建てる話、急に決まった気がする」
「そうでしょう。それなのに、矢印の采配を無視して、あの娘に告白なんてして、また逆戻りです! というわけで、勇者様!」
「っ!?」
──ドサッ!
瞬間、急に視界が反転した。
誰もいない草原のど真ん中で、突然押し倒されたかと思えば、その瞬間、女神が皇成の上に覆いかぶさってきた。
「え、な……っ」
「早く別れてください」
「は?」
「あの娘の魂は、災いを呼び寄せます。このままあの娘の傍にいたら、平穏な人生なんて送れません。また前世のように命を落としたくなかったら、早くあの娘──碓氷 姫奈と別れてください」
「……っ」
別れろ──それは、矢印様にも采配された言葉だった。皇成も何度と悩んできた言葉。だけど
「大丈夫ですよ」
「え?」
「初恋の女の子のことは、私が、忘れさせてあげますにゃ♡」
「え、忘れさせるって……っ」
すると、女神の手が、皇成の頬に触れた。
身体には、柔らかな女の身体がより密着してきて、困惑と同時に女神を見上げれば、彼女の艶のある唇が、ゆっくりと近づいてくるのが見えた。
まるで、キスでもするかのように──…
(あれ? 俺、もしかして)
ファーストキス、奪われそうになってる??
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