第52話 幸福の代償


 あれ? 俺、もしかして、ファーストキス、奪われそうになってる??


「うわああああああ」

「むぐっ!!」

 

 とっさに女神の口を押えて、皇成は迫りくる唇を阻止した。


 夢とはいえ、なんか嫌だ!

 こんな形でファーストキスを奪われるなんて!


「――ていうか、あんた本当に女神か!? 俺のイメージにある女神とは、全く違うんだけど!?」


「そんな、漫画とリアル混同されても」


「リアル!? リアルの女神って、こんななの!? スゲーショック!!!」


 女神って、もっと神々しいものじゃないの!?

 いきなり、襲ってくるような痴女が女神なの!?

 ていうか、こんな夢見てる、俺もなんなの!?


「とにかく、離れてくれ……!」


 一応女の子なので、丁重に引き離しつつも、もうこれ以上近づくなと威嚇いかくする。


 すると、再び対面で向き合ったあと、女神は少しだけつまらなそうな顔をした。


「全く、そういう一途なところは、前世と変わりませんね。普通は、こんなグラマラスな女神が迫ってきたら、その気になるものでは? 前世の勇者様も、ハーレムを築けるくらいモテモテだったのに、本命にしか興味がにゃくて……!」


「本命? それって、あの勇者と一緒に亡くなった子?」


「そうですよ! もっと他にも、いい子がいっぱいいたでしょうに、なんで、よりにもよって、あの子なんですか!?」


「そんなこと、俺に言われても……っ」


 苛立つ女神をあしらいつつも、皇成は、また夢の話を思い出す。


 あの夢を見た時『勇者は、あの女の子が好きだったんだろうか?』そう考えたことがあった。なんとなくだけど、そんな感情が流れ込んできたような気がしたから。


 だけど、もし本当に自分が勇者の生まれ変りだとするなら、また同じ人を好きになったのだろうか?


 姫奈が、あの女の子の生まれ変りだというのなら……


「とにかく、あの娘とは、早く別れてください!」


 だが、再度念押しされて、皇成はすぐさま反論する。


「俺、別れるつもりは」


「別れなかったら、!」


「え!?」


「あなたが、願ったのですよ、来世では普通に生きたいと! だから、平穏無事な人生を選択できるよう、"矢印の加護"を授けたのです。それなのに、自ら茨の道を行くというなら、容赦なく取り下げますにゃ!」


「……っ」


 女神の言葉に、皇成はぐっと息をつめた。


 女神の言い分はわかる。最近は、采配を無視してばかりだったから、多少なりとも腹を立てているのかもしれない。


 だけど、生まれた頃から、ずっと一緒だった『矢印さま』がいなくなったら、自分の生活は、どうなってしまうのだろう。


「勇者様」


 すると、その瞬間、女神は少し神妙な面持ちで、皇成の胸元、心臓のあたりを指さした。


「私は、あなたの、そのを気に入っているのです」


「魂……?」


「はい。あなたの魂は、とても心優しく勇敢です。だからこそ、前世では、世界に平和をもたらすために魔王に挑んだ」


「……」


「あなたが救った人々がどれだけいたか、あなたが死んだと聞いて、どれ程の人々が嘆き悲しんだが、あなたは、何も知らないでしょう……でも、あなたが、命をかけて世界を救ったのは、間違いない事です。だからこそ、魔王を倒した後、あなたは誰よりも幸せになるべきだった」


「……」


「でも、あなたは、なんの平穏も幸せも手にできず、若くして死んでしまいます。だからこそ、。穏やかに、決して苦しむことなく、優しい人生を歩んでほしい――そして、それは、あの世界の人々が、英雄となった貴方に願ったことでもあるのですよ」


「……っ」


 さっきとは一変して、真面目な顔で放つ女神の言葉に、皇成は小さく唇をかみしめた。


 もしも、本当に、そんな勇者がいたのなら、自分だって、来世は幸せであってほしいと願うだろう。でも──…


「まぁ、そうは言っても、近いうちに、あの娘とは、と思いますが」


「え?」


 だが、その後続いた言葉に、皇成は眉をひそめる。


 別れることに、なる??


「は? それってどういう……」


「だって、あの娘、もう直、から」


「んん!?」


 一瞬、思考が止まった。しぬってなんだ?

 詩? 師? 死??


「死ぬ!!? 死ぬって、どういうことだ!?」


「だって、今日、に行きましたよね? そのせいで、あの子は死ぬんです」


「意味がわかんない!! 全然分かんない!! なんで映画館行っただけで死ぬの!?」


「仕方ありません、それが運命です」


「運命なんて言葉で、納得できるか!! 大体、姫奈が映画館に行って死ぬっていうなら、なんで俺の矢印様が、映画館を指すんだ!」


 思わず熱くなって訴えた。


 自分にとって、姫奈が死ぬのは『いいほう』でははい。


 もしも、そんな運命が待っているというなら、自分の矢印様は《水族館》を指すはず。それなのに


「何を言っているのですか? あの子が死んだ方が、勇者様にとっては幸せじゃないですか」


「……は?」


 思わず、息が止まった。

 話に、思考が追い付かない。


 俺にとっては──幸せ?

 

「なに、いってんだ……?」


「あの子の魂はと言ったでしょう? あの子の傍にいたら、勇者様に平穏なんて訪れません。だから矢印は《映画館》を指したのです。あなたにとって、最も良い未来を選択したから」


 その言葉に、皇成は、ただ呆然と女神を見つめた。

 

「もっとも……良い未来?」


「はい、そうです。というわけで、あの娘がに、とっとと別れてくださいね! でなくては、またあの子の不運に巻き込まれて、一緒に命を落としてしまうかもしれませんから!」


「え、ちょ!」


「あら、いけない! もう朝ですにゃ! では、女神はそろそろ!」


「はぁ!? ちょっとまて、まだ話が──!!」


 大声を上げて、手を伸ばす。


 だが、その次に目にしたのは、だった。


「え……?」


 どうやら、目が覚めてしまったらしい。その声は届くことなく、女神は、あっさり皇成の前から消えさった。


「な、んだ……今の……っ」


 呆然と天井をみつめながら、今みた夢の内容を思い出す。


 体には嫌というほど汗をかいていて、呼吸が荒い。だが、そんな中、ゆっくりと起き上がると、皇成は自分の額に手を当て考えた。


「夢……だよな?」


 あり得ない話の連続だった。


 自分の前世が魔王を倒した勇者で、その勇者を気に入った女神に猛烈にアプローチされて、挙句の果てに、映画館に行ったから、姫奈が死ぬ?


「んな、バカな……!!」


 そうだ! そんなバカな話があるか!!

 これは、夢だ!

 こんなあり得ない話、夢でしかない!!


「ないない、絶対ない……だって、俺の前世が勇者って話からして、おかしいし……こんなの、俺のただの妄想だよな?」


 願望が、夢に現れただけみたいな?

 いや、でも俺、あんな願望あるの?


 なにより、こんな底辺が勇者って、全世界の勇者好きからクレームが来るよ?


 ていうか、マジでなんて酷い夢見てんの!? しばらく、ゲームするのやめよう!!


「皇成~どうしたのー、朝から大声だして」


 すると、そこに皇成の母親、麻希がやってきた。毎朝毎朝、息子を叩き起こしに来るのは、いつもの事なのだが


「あーもう! 起こしに来なくていいって、いつも言ってるだろ!!」


「そんなこと言われても、いきなり息子が叫んだら、心配になるじゃないー」


 いや、まぁ、叫んだのは悪かったけど。


 ていうか、夢の中で叫んだんはずなのに、現実でも声が出ていたらしい。


「どうしたの、嫌な夢でも見たの?」

「うん、まぁ嫌な……あ」


 だが、その瞬間、ふと思い出した。

 夢の中で、女神が言っていた話。


 そう、、あの話。


「なぁ、母さん」


「ん?」


「俺が子供の時に、俺が選んだスーパーで宝くじ買って、1000万当てた?」


「……………」


 皇成が、恐る恐る問いかければ、麻希は、それから暫く黙り込んだあと


「ええぇ!! なんで知ってるの!? 内緒にしてたのに!?」


「ホントなのかよ!!?」


 隠し事が、バレて慌てる母親!!

 そして、それ見て、皇成の顔からは、瞬く間に血の気が引いていく。


(嘘だろ……っ)


 あの宝くじの話が、本当だということは、もしかして、今の夢の話は


 ──全部、本当!?




 

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