第53話 父親の仕事


たかちゃん!」


 休日が明けた月曜日の朝――皇成の友人であるたちばな 隆臣たかおみは、そのまた友人である神木かみき 飛鳥あすかに声をかけられていた。


 金髪碧眼で中性的な容姿をした飛鳥の声にハッと我に返れば、隆臣は、スマホを手にしたまま、飛鳥を見上げた。


「さっきから、ずっとスマホを睨み付けるけど、何かあったの?」

「…………」


 学校に登校してから、ずっと自分の席でスマホを見つめていた隆臣。そのを見て、飛鳥が首を傾げながら問いかければ、隆臣は、またスマホに目を向け、話し始めた。


「ちょっと、調べもの」

「調べもの?」

「あぁ……最近、うちの親父、全く帰ってこなくてな。で、昨日、久しぶりに帰ってきたかと思ったら、また呼び出されて、飯もろくに食わず出て行っちまって」

「……あー、昌樹まさきさん、相変わらず忙しそうだね。今は何のを担当してるの?」


 隆臣の前の席に腰かけ、飛鳥が更に問いかければ、隆臣は、小さく眉根を寄せた。


 思い出すのは、昨晩バタバタと出て行った父の姿。


 隆臣の父・たちばな 昌樹まさきは、警視庁の刑事だった。


 隆臣が幼い頃から、警察官として働いていた父は、あまり家にいることがなく、帰ってきたか思えば、昨日のように慌てて出て行く姿を、隆臣は何度と見てきた。


 家族を犠牲にして、市民のために尽くす警察官。そのせいで、幼い頃は、寂しい思いをしたこともあったし、反発する時期もあったが、今では、その父の仕事を、隆臣はよく理解していた。


 市民の平和を守ろうと、職務を全うしている父は、とても偉大だ。だが、やはり危険と隣り合わせの仕事だからこそ、心配もするわけで……


「もしかして、厄介な事件?」


 不安げな隆臣をみて、飛鳥が心配そうに問いかければ、隆臣は、またゆっくりと話しはじめた。


「……どうだろうな。事件の内容については守秘義務があるから、家族でも話せねーし、俺たちも聞かないようにしてる……でも、ここ最近、この近辺で起きてて、なおかつ、昨日また起きた事件といえば、やっぱコレだろうなって」


 すると隆臣は、飛鳥にスマホを差し出した。

 どうやら隆臣は、ここ最近起きている事件を、かったっぱしから調べていたらしかった。自分の父親が、今、どんな事件に関わっているのか?


「連続爆破事件?」


 すると、飛鳥がスマホに映っている記事を見て、戸惑い気味に囁いた。


 それは、ここ最近、この近辺で起きている事件だ。城ヶ崎じょうがさきで一件。宇佐木うさぎ市で一件。そして、昨夜の星ヶ峰ほしがみねの事件で三件目。どうやらその犯人は、爆破による放火を、無差別に繰り返しているらしい。


「爆破って、そんなヤバい事件担当してるの?」

「はっきりそうだとは言いきれねーけど。でも、この一件目と三件目の事件は、親父が呼び出された時間と、ほぼ一致してるから、多分そうだろうなって」

「爆弾魔が相手なんて、大丈夫?」

「大丈夫とは言えねーだろ……まぁ、警察官なんて、いつ殉職してもおかしくねー仕事だってことは、常に思ってるよ」

「思ってるって……っ」

「しかたねーだろ。それが、親父の仕事なんだから」


 悟りきった様子で隆臣がいえば、まるで隆臣の代わりとでも言うように、飛鳥が不安げに呟いた。


「早く犯人捕まるといいね、何事もなく」

「……そうだな」


 小さく相槌をうてば、隆臣は再びスマホの記事を見つめた。


 危険と隣り合わせの仕事。


 だからこそ隆臣は、父を送りだす度に『これが最後の会話になるかもしれない』そんな覚悟はしていた。


 だが、それと同時に、また帰ってきてほしい。そう強く願っていた。


 どうか、また

 元気な父と話ができますように――と。




 *


 *


 *




「橘さーん! 聞き込み行ってきました」


 城星じょうせい市・星ヶ峰ほしがみね――それは、皇成たちが暮らす桜川の隣の市での話だった。


 三件目の爆破事件があった場所は高台にある公園の中。見放しのいいその場所には、ぐるりと張り巡らされたフェンスがあって、『その金網のフェンスに、二人で南京錠を付ければ幸せになれる』というジンクスがあるからか、カップルの中では、デートスポットの一つにもなっている場所だ。


 そして、そんな場所で、若い刑事の声をかけられたのは、隆臣の父親である、たちばな 昌樹まさき


 現在、45歳の昌樹は、赤毛の髪をした隆臣とは違い、さらりとした黒髪をした落ち着いた風貌の男だった。


 引き締まった体格と、凛々しい顔つき。その顔立ちは、隆臣とよく似ていて一見穏やかではあるが、その眼光はとても鋭く、まさに貫禄のある刑事といったところ。


 そして、駆け寄ってきた、もう一人の若い刑事は、金森かなもり 琢磨たくま、29歳。やせ形で少しパーマががった髪をした頼りなさそうな男だが、やる気に関しては、人一倍あるようにも見えた。


「すみません! すこし遅くなりました!」

「いや、かまわん。どうだった、目撃情報はあったか」

「それが、あるにはあったのですが、時限式の爆弾を使っているせいか、犯人がいつ、この公園に入ったかを特定できない分、的を絞るのが難しくて」

「まぁ、そうだろうな」


 見渡す限り、この公園は普段から人気がなく、とても静かな公園だった。だからか、目撃者はほとんどいない。

 とはいえ、そのおかげで、怪我人が一人も出ていないのもあるかもしれないが……


「金森、気が遠くなる作業だろうが、手ががりがあるなら、不審人物の調査は片っ端から当たってくれ」

「はい!」

「それと、今回、使用された火薬の種類が、先月、宇佐木市の薬品会社から盗まれたものと一致した。今回の犯人も、先の二件と同一犯だだろう」

「同一犯……」

「あぁ、それに、少し気になることがある」

「気になること?」

「あぁ、火薬の量が、んだ」

「え? 量?」


 橘の言葉に、金森は爆弾が仕掛けれていた、その現場に目を向けた。


 恋人たちの願いが込められた南京錠は、見るも無残な状態で、もともと錆びついていたフェンスは、爆破の影響でいびつに歪み、焼け焦げた芝生の上に横たわっていた。


 そして、その周囲には『立入禁止』かかれたテープが、無数に張り巡らされていた。

 だが、その範囲はそこまで広くはなく、爆発が小規模だったのが伺える。


「少ないなら、よかったじゃないですか! おかげで怪我人もなく」

「そうだな。爆発が小規模だったのは良かった。だけど、これまでの三件の事件で使用された火薬をすべて合わせても、10使

「──え?」


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