第54話 悩みごと
「これまでの三件の事件で使用された火薬をすべて合わせても、薬品会社で盗まれた火薬の量の10分の1も使われていない」
「──え?」
その話に、金森は再び爆破された場所を見つめた。
使われたのは少量の火薬。だが、それでもかなりの威力があった。巻きこまれれば、命だって落としかねない、それほどの威力。
「え!? 10分に1って! そんだけしか使われてないんですか!?」
「あぁ、犯人は残りの火薬を、小刻みに使用して放火を繰り返すつもりなのか、はたまた、どっかで花火でも打ち上げるつもりなのか」
「花火って……っ」
「まぁ、犯人の目的がはっきりしない以上、一刻も早く捕まえないと、いつか確実に犠牲者が出る。だからこそ、頼むぞ」
「はい! 分かってます! でも、橘さんは、聞き込みや見回りで、ほとんど休めてないでんですから、少しは休んでくださいよ。昨日だって、やっとご自宅に戻れたのに、また事件で、呼び出されて」
「ああ、確かにそうだな。おかげで、妻の美味い飯を食い損ねた」
金森の言葉に、橘は苦笑いを浮かべた。
せっかく自宅に戻って、久しぶりに妻と息子と一緒に食卓を囲めたのに、また事件が起きたせいで、それを味わうことなく、現場に戻る羽目になってしまった。
家族には、我慢と心配をかけてばかりだ。
だが、この仕事は、市民を守ると同時に、家族を守ることにもなる。だからこそ――
「俺なら大丈夫だ。とっとと片付けて、美味い飯、ゆっくり食うぞ」
「はい! もちろんです!」
ビシッとやる気に満ちた敬礼をした金森に、橘は優しく微笑み、また捜査へと戻っていった。
◇
◇
◇
「皇成、さっきから、どうしたの?」
一方、あれから学校へ行った皇成は、教室の中で、ずっと気難しい顔をしていた。
考えているのは、勿論、あの夢の話だ。
「なぁ、
「え?」
女神の話を思い出し、皇成が問いかければ、友人である
無理もない。映画館に行っただけで死ぬなら、この世界の半数以上の人間が、既に死んでいるかもしれない!!
「どうしたんだよ、皇成。デートうまくいかなかったの?」
すると、子犬のように人懐っこい大河の顔が、すぐさま、心配の顔つきに変わった。
どうやら、落ち込んだ皇成の様子をみて、デートで何かあったのでは?と思ったらしい。
なんて、いいやつなんだ、大河!
橘くんといい、大河といい、俺は、本当にいい友人を持った!
だが、どんなに親しい友人でも『矢印さま』のことは話せないし、夢の話をしたところで、それは『ただの夢』で終わるだけ。
「いや、ごめん。デートは、うまくいったんだ」
「ホント?」
「うん、だから、大丈夫!」
まぁ、うまくいったといっても、バスは故障するわ、コンビニ強盗には出くわすわ、ある意味、散々だったかもしれない。
だが、そのあと映画館は、実にいいムードだった。
名前で呼べるようになったし、その時の姫奈はめちゃくちゃ可愛かったし、なんだか距離も近づいて、初デートは、きっと成功!
だと、思っていたのに……
(あの、女神のせいで……っ)
そう、あの女神が変な話をするから、その素敵な初デートが、なんとも言えないデートになってしまった。
だって、死ぬなんていわれたのだ!
自分の好きな人が!!!
(いやいや、でも夢だよ絶対! だって、俺の前世が勇者なんてありえないし!……あー、でも、宝くじがなぁ。マジで当たってたなんて……しかも、女神が話してたこと、まんまじゃん!)
頭の中では、ずっと、そんなことが駆け巡っていた。
夢だと思いたい。
だが、万が一夢じゃなかったら、姫奈は
「ああああぁぁぁぁぁぁ、もう、頭われそう!!!」
「えぇ!? やっぱ、大丈夫じゃないじゃん!?」
尚も頭を抱え、机の上に突っ伏した皇成に、大河が、これまた心配の声をあげた。
だが、その時――
「おい、矢神!」
と、突然、声をかけられた。
その声に、ふと教室の入口に目を向ければ、そこには、背の高い男子生徒がいた。
肩ほどにある長めの黒髪を、後ろでざっくり束ね、自分たちと同じ制服を着た、逞しい男子生徒──
「え!?
その生徒を見て、皇成が名を呼べば、その瞬間、隣にいた大河が、飛び上がる勢いで驚いた。
「えぇ!? あれ、鮫島くんなの!?」
無理もない。昨日の皇成しかり、いつもならリーゼントをして学ランを着ている、あの鮫島が、今日は素の格好で、ブレザーを着ているのだから!!
「鮫島くん!? どうしたの、その格好!?」
学ラン番長から、一般生徒へ。まさに、劇的なビフォーアフターしてきたその姿には、きっと誰もが驚いたことだろう!
だが、皇成が驚きつつ呼びかければ、鮫島は、皇成の前までやってきて、穏やかに話し始めた。
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