第55話 今度こそ


「俺は、キッパリふられたからな。もう、強い男でいる必要はなくなったんだ」


 そういって、穏やかに話す鮫島は、普段の猛獣っぽさが抜け、すっかり大人しくなっていた。

 まるで、牙が折れてしまったかのように。だが、その話を聞いて、皇成はある意味、納得してしまった。


(なるほど! つまり失恋をして、リーゼントをやめたってことか……)


 さすがは、こうと決めたら一直線の鮫島くん! なんて潔い男なんだ!


「それより、姫奈さんは、大丈夫か」


 すると、姫奈に視線を向けつつ、また鮫島が問いかけてきた。


 皇成から離れた席で友人たちと話をする姫奈は、今日も可愛く高嶺の花らしく振舞っていた。


 どうやら鮫島は、姫奈を心配して、ここまで来たらしい。だが、昨日あんなことがあったのだ。鮫島だって、気になっていたに違いない。


「あぁ、昨日は、ゴメンな。もう大丈夫。あの後、喫茶店でじっくり話をしたら、落ち着いたみたいで」

「そうか、それならいいんだ……矢神、姫奈さんのこと、頼むぞ」

「え?」

「この俺が身を引いてやったんだ。幸せにしなきゃ許さからな」

「…………」


 幸せに――そういわれ、皇成は改めて姫奈を見つめた。


 あの夢を見た後、さすがに心配になって、LIMEで連絡をとり、家まで姫奈を迎えに行った。


 だが、家から出てきた姫奈は、いつもとなにも変わらず、にこやかなものだった。

 むしろ、普段通り笑いかけてくる姫奈を見れば、もうすぐ死ぬと言われた人間には、とてもじゃないが見えなかった。


 ついでにいうと、このことは、まだ姫奈には話してはいない。


 夢とはいえ、死ぬ話なんて、本人に直接話すのは、ちょっと悪趣味だし、下手に話して、不安を煽りたくもなかった。


 だが、鮫島の言葉を聞いて、現実逃避しかけていた思考が、サッと切り替わる。


 もし、万が一にでも、あの夢が本当なら、姫奈が死んでしまう。


 そして、姫奈が亡くなって悲しむのは、のだ。


 姫奈を好きだった鮫島も、姫奈と仲が良かったクラスメイトたちも、そして、姫奈の家族も、みんなが辛い思いをする。


「おい、聞いてんのか、矢神?」


 すると、返事のない皇成を、鮫島が更にどやせば、皇成は、どこか覚悟を決めた表情で微笑んだ。


「うん、分かってる。必ず幸せにする」


 必ず──なんて、軽く言っていい言葉ではないのは分かっていた。だけど、そういうことで、皇成は己を奮い立たせた。


 本当は、ずっと迷っていた。

 矢印様に聞くか、どうか。


 なぜなは、聞けば、すぐにわかるのだ。あの女神の話が、ホントか嘘かは。


 だが、皇成は『人の心』と『生死について』は、絶対に聞かないと決めていた。


 『人の心』は、他人の想いを覗き見るようで嫌だから。


 そして『生死について』は、知ったところで、どうすることも出来ないから。


 だからこそ、あれが夢だという証拠を必死に探した。


 でも……


(逃げるな、自分で選んだ道だろ)


 先日、この教室の中で、姫奈にプロポーズした時のことを思い出す。


 女神には、別れろと言われたが、姫奈と別れるかどうかなんて、先日、嫌というほど悩んだ。


 今更、気持ちは変わらない。

 だって、決めたのだ。


 例えどんな茨の道を行くことになっても、進むと――



「おーい、ホームルーム始めるぞー」


 すると、その瞬間、担任の男性教師が教室に入ってきて、教室の空気がガラリと変わった。


 ずっと悩みを聞いてくれていた大河は、すぐに自分の席に戻り、鮫島も、同じように教室から出て行った。


 打って変わって、静かになった教室の中には、担任の声だけが響く。そんな中、皇成は深く息をつき、そっと目を閉じた。


(矢印様、教えてください。夢の中で、女神が言っていたあの話は『全て本当』ですか? それとも『ただの夢』ですか?)


 その後、スッ目を開けると、皇成は静かに空中を見つめた。すると、そこには、いつも通り二枚のプレートが現れた。


『全て本当』と書かれた青いプレートと『ただの夢』と書かれた赤いプレート。


 そして、その中央に現れた《 ↑ 》は、ユラユラ揺れたあと、すぐに片方を指した。


 矢印がさした方向は





 ───『全て本当』






「…………」


 そして、その采配を、皇成は無言のまま受け入れた。


 あのありえない夢は、どうやら、全て本当らしい。そうが──本当。


(あああああああああああああああああああ!!マジかああああああああああああああああああああぁぁぁ!!?)


 だが、やっぱり、ちょっとは期待していた!あれが、夢だと采配されることを!!だけど、それは見事に砕け散って


(うわぁぁぁマジかぁぁぁ、あれ、本当なの!? 俺、マジで勇者だったの!?)


 しかも、魔王を倒して世界を救った、めちゃくちゃ凄い勇者様!?


 ていうか、そんな強くてカッコイイ勇者様が、なんで、こんな底辺になりさがってんの!? 全然、自分のことだって思えねーよ!!


(いやいやいや、落ち着け! 今は、前世が勇者とか、どうでもいい……!)


 そう、今はそんなこと、どうでもいい。今、考えるべきことは、このままでは、


(ッ……なんで、姫奈が?)


 静かなホームルームの最中、皇成は頭を抱えつつも、また姫奈を見つめた。


 女神は、映画館にいったから死ねのと言っていた。だが、それ以外の情報は何もなかった。


 映画館に行った時、死に結びつくような何かが起こった可能性が高い。だが、必死に思いだそうとするが、映画館でのデートは、実に穏やかで、比較的、甘々な内容しか思い出せない!


 それに、女神の話で、もう一つ気になることがあった。それは、姫奈の魂が災いを呼び寄せると言っていたこと。


(災いを呼び寄せるって……確かに、昔から運が悪いとは言ってたけど、それは、魂のせいだったってことか?)


 でも、そんな生まれ持ったもの、どうすればいいのだろう?『運命』に抗うなんて、そんなに簡単なことじゃない。


 でも、やっと、思いが繋がったのだ。


 ずっと好きだった女の子と、やっと両思いになれた。それなのに、その好きな人が死ぬなんて、そんな結末認めたくない。


(諦めるな。絶対に、姫奈は死なせない……っ)


 現実だと受け止めた皇成は、固く決意する。


 、彼女を守り抜こう。


 前世のような、悲しい結末にならないように──…


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