第56話 新聞部のお悩み相談
「なるほど。つまり、ここ最近、矢神くんの様子がおかしいと?」
それから、しばらくたった十二月中旬。
こじんまりとした部屋の中には、机が8つほど並べてあり、長テーブルのようになったその机の一番端に座らされた姫奈は、向かい合わせに座る新聞部部長・
そして、その内容とは――矢神 皇成の不審な行動についてだ。
「うん、この前、二人で初めてデートしたんだけど、その後から様子がおかしくて……」
「おかしいとは、具体的にどのように?」
「朝、私の家まで迎えに来てくれるようになって」
「ふむ、それは良きことでは?」
「そうなんだけど、一緒に登下校していても、ずっと上の空で、考え事ばかりしていて」
「ふむふむ」
「あと、妙に疲れてるというか、今までは授業中に居眠りなんて一切なかったのに、うたた寝して先生にも怒られちゃったりして……それに『学校が終わったら、寄り道しないですぐに家に帰れ』って言われたり『デートも暫くしない』って言われて」
「なんですと!?」
切実に悩みを訴える姫奈に、長谷川はバンと机を叩き、軽めの怒りを露わにする。
先月末に付き合って、まだ一か月もたたない熱々カップル。今まさに、デートしまくりたい時期であろう華の男子高校生が、しばらくデートはしない!?
「なんですか、それは! デートしたいでしょう! 毎日だってしたいでしょう!」
「うん、そうたけど……でも、長谷川さんよく気付いたね、私が悩んでるの」
身を乗り出す長谷川に、姫奈がおずおずと問いかけた。
なぜ、このようなことになっているのかというと、今日の休み時間、たまたますれ違った長谷川に言われたのだ。
『碓氷さん、もしや、何か悩みがあるのでは!?』――と。
「いきなり、あんなこと言われて、びっくりしゃった」
「何をおっしゃいます! 気づきますよ!! 少し前まで二人を取り巻いていた幸せオーラが、今はあまり見えませんから!!」
「オーラ? そんなの見えるの?」
「見えます! こう感覚的に直感的に、なんかこの人たち幸せそう!ってのが、もわ~んと!」
それは、本当に見えているのか怪しいところだが、確かに今の自分たちの空気は、ちょっとおかしいかもしれない。
「そっか……でもね、別に幸せじゃないわけじゃないの。むしろ、一緒にいると、すごく満たされるっていうか……でも、初デートの後から、急にそんな感じになっちゃって、皇成くんが、何を考えてるのか分からなちゃって……」
「なるほど……確かにそれは、悩みますし、怪しいですね」
「怪しい?」
「はい。もしかしたら、矢神くんは浮気をしているかもしれません」
「え?」
瞬間、疑ってもいない言葉が飛び出して、姫奈は瞠目する。
「え!? うんん、浮気はしてないわ! 皇成くんは、そんなこと絶対しな」
「いいえ、碓氷さん! 前も言ったでしょう! 男子高校生なんて、おっぱい見せてあげる〜って言われたら、ほいほいついていきたくなる生き物だと!! もしかしたら、女神のようなグラマラスな女と、毎晩イチャコラしてるかもしれませんよ!」
「毎晩、女神と……っ」
「そうですよ! 大体、初デートの後から急によそよそしくなるなんて怪しすぎます! しかも、早く家に帰れだの! デートはしないだの! 挙句の果てに寝不足だなんて! 明らかに黒に近いではないですか!!」
「く、黒!?」
それって、皇成君が浮気をしてるってこと!?
(そ、そんな……でも、この前、私のお母さんのこと話したし、絶対にそれはないと……うんん、でも、絶対とは言い切れないよね……やっぱり、めんどくさい女だって思われてたのかな?)
映画館での姿を見れば、そんな風には一切見えなかった。だが、もしかしたら、アレのせいもあるかもしれない。
そう、オタクだと、カミングアウトしたアレだ。
(やっぱり、オタクの彼女って嫌なのかな? アニメ見てキャーキャー言ってるのって、全然、高嶺の花らしくないし、皇成くん幻滅しちゃったとか? あー私のバカ! やっぱり、矢印さまに聞いてから言えば良かった!)
「して碓氷さん。その初デートでは、どこまでいったんですか?」
「へ??」
だが、その後、またもや理解に苦しむ言葉が返ってきて、姫奈は首を傾げた。
「ど、どこまで?」
「ですから、キスは、エッチは、したのでか!?」
「え!? し、してないわ、そんなこと! それに、初デートでそれは、いくらなんでも……ッ」
「ダメですよ、そんなことでは! おっぱい触らせてあげるくらいしないと!!」
「お、おっぱいは、さわらせたことあります!!」
「わ〜お! ホントですか!?」
「あ!」
しまった。これは失言だった。
浮気の話から、いきなりセキララな話に変わり、姫奈は顔を真っ赤にする。
だが、その話には更に興味を抱いたのか、長谷川はズズイッと迫ってきた!
「なんと! この清楚な高嶺の花である碓氷さんの魅惑的なおっぱいが、もう矢神くんの手に落ちていたなんて! もしかして、あれですか! 滑って転んでパフパフ~みたいな、ハプニングで!?」
「いや、そういう訳じゃ」
「あれ、ハプニングじゃない!? では、どんな感じで!?」
「ちょ、ちょっと待って、長谷川さん! こんな話、男子がいる前じゃできないわ……!」
詰め寄る長谷川から、姫奈が頬を赤らめながら視線を逸らした。すると、窓際にいる姫奈たちとは反対側の席に、本を読んでいる男子生徒が一人いた。
新聞部の一年生、
「四月一日くん! 今すぐその両手で、両耳を塞ぎたまえ!!」
「嫌ですよ。僕の両手は、今、本を持つのに使ってます」
長谷川がビシッと部長らしく指示をすれば、四月一日は、素知らぬ顔で、また本を読み続けた。
活字中毒重症者の四月一日は、今日も変わらない。どうやら、横で話す女子たちの会話ですら、全く興味がないようで
「どうぞ、続けてください。僕は文字にしか興味がないので」
「だそうです、碓氷さん! あんなおっぱいより文字が好きな活字Love男子のことは、無視しちゃって大丈夫です! さぁさぁ、どんなシュチュエーションでおっぱいを!?」
「ちょ……もう、その話はしません!!」
恥ずかしさの限界を超えた姫奈は、これ以上続けてなるものかと拒否をした。だが、その後も、姫奈の悩みは、全く解決せず。
「とにかく! 私は皇成くんを疑ってるわけじゃなくて、ただ心配で……っ」
悩みがあるなら聞いてあげたい。
だが、皇成は話してくれなかった。いつも、はぐらかされてばかりで……
「でも、確かに矢神先輩は、何を考えてるのか分からないところはありますね」
「え?」
すると、今度は、四月一日が口を挟んだ。
「この前のコンビニ強盗の時は、驚きました。拳銃を持った男に向かっていったのもですが、僕に警察に連絡するよう言ったのが……まるで、店員が警察に連絡できなかったのを、分かってるみたいでした」
「……っ」
その言葉には、軽くドキッとした。
もしかしたら皇成は、その時、矢印様に聞いたのかもしれない。だが、矢印様のことは、決して人に話してはいけない。
なぜなら、この世の中は、善人ばかりではないからだ。もし、こんな力を持つ人間がいると分かれば、捕らえられ、悪用される可能性だってある。
「そ、それは、連絡できてないと仮定して、念の為、頼んだんじゃないかな?」
「まぁ、そうかもしれませんが……」
姫奈が取り繕い笑いかければ、四月一日は、あっさり話をやめ、本に視線を戻した。
必要以上に詮索されず、姫奈は安心する。だが、その後、長谷川が
「碓氷さん、心配ならば、ちゃんと話したほうがいいですよ」
「え?」
「心配してることもですが、不安だということも。それに多少、浮気疑惑はあるものの、クラスメイトの前で公開プロポーズまでした矢神くんが、浮気というのもちょっとおかしな話です。なら、もっと別のことで悩んでるのかもしれません」
「別のこと?」
「はい。もし、眠れないほど何かに悩んでいるのだとしたら、それを、支えてあげるのも、彼女の役目ですよ?」
キュッと手を握られ、力説された。
眠れないほど──確かに最近、皇成がうたた寝をしているのは、悩みがあるせいかもしれない。
「うん、そうね。ちゃんと話してみる」
いつも、助けて貰ってばかりだった。
だからこそ、悩んでる時、困っているときに、支えて助けてあげられる彼女になりたい。
姫奈は、皇成を想い、静かに決意した。
すると長谷川は
「そうですか……では、そんな碓氷さんに、男性が元気になる魔法の言葉をお教えしましょう!」
「魔法の言葉?」
「はい! ズバリ!『おっばい揉む?』です!」
「え? おっぱい?」
「はい!! これを言えば、男子はたちどころに元気に!! だから、きっと矢神くんも、元気になりますよ!」
「ホント? わかったわ、試してみるね!」
なにやら、おっぱいの話で盛り上がる女子二人。だが、そんな二人を、四月一日は流し見ながら……
(碓氷先輩って、案外、天然だったんだな)
と、本気で試そうとしている姫奈を見たあと、静かに本のページをめくったのだった。
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