第57話 誘われて


 下校時刻を迎えると、皇成は姫奈と並んで、今日も通学路を歩いていた。


 12月も半ばになれば、寒さはさらに厳しくなり、白い息を吐きつつも、皇成は、姫奈を自宅まで送り迎えする日々を欠かさず続けていた。


 あの女神の夢が、夢ではないと分かってから2週間が過ぎた。そして皇成は、あれから、姫奈の死の原因を追求するべく、ひたすら矢印様に問いかけていた。


 だが、矢印様は、その選択が重い内容であればあるほど、精神力を使い、体力を削られる。


 そんな中、人の生死についての問いかけを、ひたすら繰り返すのだ。流石に限界を迎えたのか、先日は、いきなり吐いて動けなくなり、授業中には居眠りをしてしまう失態を3回ほど繰り返した。


 だが、そのおかげか、姫奈が12月24日の午後に、なんらかの事件に巻き込まれて亡くなるのまでは、突き止めた。


 だが、その場所がどこで、何時にという正確な所までは、まだハッキリしていない。


(くそ……女神に聞けばわかるかもしれないのに、あれから一度も現れないし)


 そして、あの猫耳女神は、姫奈が死ぬと言い逃げたあと、全く皇成の前に現れない。


 だが、流石にこれ以上、矢印様を使えば、精神をやられかねなかった。


 とはいえ、場所と時刻が分からずとも、24日の午後に事故で……という所まではつきとめた。なら、24日に姫奈を家から出さなければ、回避出来るはず!


(矢印様には、しばらく当たり障りないことだけ聞いて、体調を戻した方がいいな)


 これ以上、身体や精神を酷使するのは危険だと判断。なにより、24日までに体調を戻しておかないと、いざという時、守れない。


 だが、女神には『姫奈と別れなければ、矢印様を取り上げる』とも言われた。


 ならば、ちゃんと矢印様を使えるかどうかを、定期的に確認をしておく必要はある。


「皇成くん、大丈夫?」

「……!」


 ずっと考え事をしていたからか、皇成に姫奈が横から話しかけた。気がつけば、もう姫奈の家の前まできていたらしく、目の前にオシャレな一軒家があって、皇成は足を止めた。

 しかも、まともに話すことなく、ここまで来てしまった。


「あ、ごめん。なんか、ぼーっとしてて」

「……」


 申し訳なく思い謝れば、皇成の手を、姫奈が静かに握りしめた。


 寒さにより冷えたお互いの手が、触れ合った瞬間から、少しづつ熱を持ち始める。


(やっぱり、なにか悩み事があるのかな?)


 顔色が悪いし、すごく疲れてるように見える。

 姫奈には、皇成が、なにに悩んでいるのかわからないし、聞いても答えてくれない。だけど、やっぱり心配なものは、心配で……


「皇成くん……よかったら、少しうちに、寄っていかない?」

「え?」

「その……最近あまり、お話できてないから……もう少し、一緒にいたいなって」

「……」


 頬を染めながら、姫奈が呟けば、皇成の胸は、急激に熱くなった。


 一緒にいたい──その言葉には、やはりドキッとしてしまった。


 だが、それと同時に、寂しい思いをさせていたのかもしれない。そう思った。


 こうして、毎日送り迎えをしているのに、最近の自分は、考え事ばかりだったから。姫奈を目にする度に、姫奈が死ぬかもしれない未来を想像してしまう。


 だが、皇成は常に姫奈のことを考えているのに、姫奈にはそれがわからない。


「そ、そうだな。じゃぁ……少し、寄って行こうかな?」


 姫奈の申し出を、皇成は快く受け入れ、笑いかけた。


 ここで断ったら、きっと悲しませてしまう。なにより皇成も、もう少しだけ、一緒にいたいと思った。



 *


 *


 *



 家の中に入ると、二階にある姫奈の部屋に向かった。


 二度目に訪れた姫奈の部屋は、前と変わらず、女の子らしい甘い香りに満ちていた。


 暖房の効いていない部屋は、すこし寒かったが、姫奈がエアコンのスイッチを入れば、冷えた部屋は少しづつ暖かくなる。


 だが、なんの迷いもなく入ってきてしまったが、姫奈の部屋にきた瞬間、皇成は、やっと、自分の大胆な行動に気付いた。


 なぜなら、今この家には、姫奈の父も兄もおらず、自分たちだけしかいなかった。

 つまり、この可愛い彼女と、二人っきりになってしまったわけなのだが……


「皇成くん」

「は、はい!」


 突然名前を呼ばれて、思わず肩が跳ねた。ゆっくり振り向けば、制服姿の姫奈が『座っていいよ』と話しかけてきて、皇成は、言われるままカーペットの上に座り込んだ。


 厚みのある、ふかふかのカーペットの座り心地抜群だ。触り心地もいいし、横になったら気持ちよさそう。


 そんなことを考えつつ気を紛らわせていると、今度は姫奈が、皇成の真ん前に、さして距離を取らず座り込んだ。


(あれ、近い……っ)


 一メートルもない距離だ。正座をして、ちょこんと座る姫奈は、なぜか顔を真っ赤にしていて、こっちまで緊張してくる。


(な、なんで、そんなに近く?)


 イチャイチャするなら、まさに、絶好のシチュエーション。

 もしかして、この距離は、姫奈もそれを望んでいるということだろうか?


 だが、イチャイチャって、どんなことするんだっけ? ていうか、どうやって始めるんだっけ??


(っ……いやいや、何考えてるんだ。一緒にいたいとは言われたけど、イチャイチャしたいとは言われてないだろ……!)


 忙しない感情を抑えつつ、皇成は必死に自分に言い聞かせた。


 そう、きっと面と向かって、じっくりお話をしたいとか、そんな感じだろう。

 あまり話ができてないとも言ってたし……


「あの、皇成くん……っ」

「う、うん」


 姫奈の言葉に、皇成はぎこちなくも返事を返した。すると姫奈は、皇成の目を見つめたあと


「あの……おっぱい、揉みますか?」

「え?」

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