第7章 不幸体質な彼女
第50話 勇敢な魂
ふと目を開ければ、そこには、そよそよと風が吹く草原があった。
可愛らしい花が優雅に咲き誇り、頬を撫でる風は、心地いい。
だが、その草原に横向きに寝転がりながら、皇成は眉をひそめた。
(ん? なんだここ……?)
あの後、皇成は、姫奈と暫くデートをしたあと帰宅した。
そして、夕食をとったあとは、橘くんに電話をして、姫奈と付き合うことになり、初デートまでしたことを報告したあと『いい男になる方法を教えてくれ!』と、ストレートにきいたら、橘くんに呆れられた。
だが、その後、橘くんが教えてくれた話を元に、筋トレ(腹筋20回を3セット…しようとして2セットで断念)をして、風呂に入ったあと、ベッドで眠りについた。
ということは、これは夢?──と思い、皇成は今何時だ?と、夢の中でスマホを探した。
大抵、枕元に転がってるスマホ。
それを、草原の真ん中で、手探りで探し当てる。だが
──むにゅ!
「……?」
瞬間、皇成の手が何かを掴んだ。
やたらと弾力があって、柔らかい何か。
その感触をムニムニと、触って確かめつつも、皇成は眉をひそめる。
(ん? 俺の部屋に、こんなに柔らかい物あったっけ?)
クッション? 枕?
いや、そんな柔らかさじゃない。
記憶を総動員させて、皇成は考える。
だが、その時
「あっ♡ 勇者様、そんなに強く揉まれたら、私……っ」
「!!?」
瞬間、知らない女の声が降ってきて、皇成は目を見開いた。
パッチリ目をあけ、上を見上げれば、そこには、白い猫耳を生やした若い女がいた。
(え、誰……?)
頬を赤らめながら皇成を見下ろす女。
だが、困惑したも束の間、皇成は、さっきの柔らかい何かが、おっぱいであることに気づいた。
なぜなら、今自分の手は、その女の胸を鷲掴みにしているのだから!!
「ぬあぁぁぁぁ!! すみません!!!!」
飛び起きたと同時に、土下座をした。寝ぼけていたとはいえ、女性の胸を揉んでしまうなんて!?
「すみません!! 本当すみません!! 土下座じゃすまないかもしれないけど、気がすむまで謝ります!! なんなら、殴っても構いません!!」
しかも、あろうことか、横になりながら、膝枕までされていた。頬には、柔らかい太ももの感触がリアルに残っていて、清々しい草原の中、皇成は、死刑執行をまつ犯罪者のように青ざめた。
だが、その女は、そんな皇成を見てクスリと微笑むと
「ふふ、そんなに謝らないでください。触りたいなら、いくらでも、さわっていいのですよ。女神は一度でいいから、勇者様に抱かれてみたいと思っていたのです♡」
「え?」
すると、あろうことか、その女は皇成の腰周りにギュッと抱きついてきた。
ふっくらした大きめの胸と、くびれた腰。
神様のような薄い布一枚に包まれたその身体は、見るからに魅惑的だ。しかも、その魅惑的な身体が、ピッタリと皇成の身体に密着していた。
(え? 夢? 妄想?)
もはや夢でしか、有り得なかった。こんな猫耳の美少女が、こんなに積極的なことをいってくるなんて!
しかし、なんつー夢を見てるんだ!?
彼女と初デートした、その日の夜に、よその女に迫られる夢を見るなんて!?
「あの、ちょ、離れて……!」
「うーん、でも、やっぱり前世のように、鍛え抜かれた逞しい体ではないみたいですね。あの頃の勇者様は、実に理想的な体型をされていたのに、現世で、ここまで貧弱になってしまうなんて」
(あれ? なんか、すげーディスられてない?)
貧弱? いや、まぁ貧弱ですよ。
筋トレすらまともに出来ない底辺男子だしね!
「ふふ、でも、その勇敢さは、前世と何も変わっていませんね。さすがは勇者様! 世界を救った英雄なだけありますにゃ!」
「にゃ?」
すると、その独特な語尾に、皇成はふと思い出した。
この女、どっかで見たことがある。
どこだ?
(あ、確か夢で……)
思い出したのは、夢の中の話だった。
魔王を倒し、死ぬ寸前だった勇者の前に現れた女神が、確かこの猫耳の女だったのだが
「ちょ、ちょっと待て。さっきから勇者、勇者って、俺は勇者じゃない」
「なにをおっしゃいます。貴方は、正真正銘、勇者様の生まれ変わりです。現に"矢印の加護"を引き継いで生まれてきたでしょう?」
「矢印?」
「はい。前世で、勇者様が願ったのです。来世では、普通に穏やかな生活を送りたいと」
そう言われ、皇成は、更に夢の記憶を手繰り寄せた。
確かに、そんな話を、勇者と女神がしていた。戦いに明け暮れた日々に、疲れきっていたのかもしれない。もう戦いたくないと、来世は平穏でありたいと願った勇者に、女神は、矢印の加護を授けていた。
でも、その勇者が──前世の俺?
「いやいやいや、ないって……俺、そんなオーラ一切ないし、学校じゃ底辺って言われてるくらい地味だし」
いや、どう考えても、ありえない!
こんな地味な底辺が、前世は魔王を倒した英雄だなんて、どこの夢物語だ。むしろ、厨二病全開で、夢だとしても恥ずかしい!
「それに、君も言っただろ、貧弱って! こんな、お腹プヨプヨな勇者がいてたまるか!」
「ふふ、まぁ、信じられない気持ちも、わからなくはありません。勇者としての『勇敢な魂』は、戦いの中でこそ輝きますから。それに、平穏な日常ばかり送っていた今世では、その魂が輝く機会にも恵まれなかったでしょう……ですが、今日のコンビニ強盗との戦い! あれは、実に勇者様らしかったです! 拳銃を持った男に、たったひとりで立ち向かう勇敢な姿! あぁ、やっぱり一度抱かれてみた」
「ぬああああああああああ!!?」
すると、うっとりと目を輝かせ、また抱きついてきた女神を、皇成は慌てて引き剥がした。なんだ、この女、女神と言うより、ほとんど痴女だ!!
「お、俺には、彼女がいるので、こういうのは、こ、困ります! それに、コンビニ強盗だって、矢印様に聞いて、怪我をしないってわかっていたから戦えただけで、俺が凄いってわけじゃ」
「まぁ、どうやら勇者様は、何もわかっていないようですにゃ」
「え?」
すると、ただただ困惑し、女神を見つめれば、女神は穏やかに微笑んだあと
「普通は、わかっていてもできないものなのですよ。強盗に立ち向かっていくなんて」
「え……?」
「例え、拳銃が偽物で、怪我をしないとわかっていても、自分に危害を加えるかもしれない凶暴な男の前にすれば、普通は動けなくなります。でも、それは、"防衛本能"が備わっている人間には当然のこと。でも、あなたは、その本能を押しのけ、たった一人で、強盗に立ち向いました。そして、それができるのは、ほんの一部の限られた者だけ。勇者様、あなたは、女の子に怪我をさせたくない。その一心で強盗と対峙しましたね。でもそれは、矢印のおかげではなく、あなたの勇気が成し遂げたものです」
「……っ」
女神の言葉に、皇成はぐっと息をのんだ。
普通はできない。そう言われれば、確かにそうかもしれないと思った。だけど
「それに、もしあそこで、勇者様が動かなければ、どうなっていたと思います?」
「え?」
「もし、あの時、ただ見ているだけだったら、あの強盗は、妊娠中の母親を突き飛ばし、女の子を人質にとり、逃走するのです。三日後、犯人は捕まり、女の子も発見されますが、怪我を負わされた少女は、意識不明の重体。運良く一命は取り留めたものの、その体には、消えない傷と恐怖が残ってしまいます。勇者様、あなたは今日、その女の子を救ったのです。ですから、あなたは紛れもなく──勇敢な魂を持った、勇者様の生まれ変わりです」
「……っ」
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