第49話 みーつけた
「皇成くん、いつまでたっても『碓氷さん』なんだもの。だから、これからは『姫奈』って呼んで」
「……っ」
その話には、ちょっとばかり焦った。わかってはいた。本当は名前で呼ぶべきだと。
「そ……そうだよな」
「うん。ていうか、時々勢いで『姫奈ちゃん』て呼んでくれるのに、すぐ『碓氷さん』に戻っちゃうよね?」
「ぅ……」
痛いところをつかれて、皇成は口ごもる。
確かに、さっきのコンビニでもだが、勢いで『姫奈ちゃん』といってしまう事があった。
だが、勢いならいいのだが、いざ本人を前にすると、言葉が出せなくなるのだ!
とはいえ、呼んだと思ったら、また元に戻って、ガッカリさせていたのだろうか?
(……い、いい加減、呼んであげないと)
彼女に、こんな顔させてどうする!
呼べ! 呼ぶんだ! 名前を!!
「呼び捨てでいいからね?」
「え!? 呼び捨て!?」
すると、姫奈が更にハードルを上げてきて、皇成の鼓動はさらに早まった。
はたして、呼び捨てなんてしていいのだろうか!?この学園の高嶺の花に、俺みたいな底辺が!?
(いやいや、いいに決まってるよな……!)
そう、いくら底辺とはいえ、もう遠慮なんてする必要はないのだ。今、自分たちは、恋人同士なのだから!
「ひ……姫奈」
「……!」
すると、思い切って、名前を呼んだ瞬間、姫奈は一瞬目を見開き、その後、花のように顔をほころばせた。
「ふふ、嬉しい……! ありがとう、皇成くん」
目を細め、頬を染める姿は、とても幸せそうだった。たかだか、名前を呼んだだけで、ここまで嬉しそうな顔をするなんて……
だけど、少しずつだが、確実に距離が近づいている気がした。
少し前まで、自分たちは『他人』だった。
学園一の高嶺の花と、影の薄すぎる底辺。
だけど、告白をしてから、ただの他人が幼馴染に戻った。そして、このデートを通して、少しづつ、恋人同士になっているような気がした。
(姫奈……姫奈かぁー……あー、なんかいいな、この響き。でも、学校でも呼び捨てにしてたら、確実に反感買うよな? こうなったら、早いとことろ、底辺を脱しないと! あ、やっぱりアレか? まずは筋トレ? 顔はどうにもならなくても、身体くらいは鍛えられるし……あ、そうだ。今夜、橘君に聞いてみようかな? いい男の体作り的なの? なんせ、あの鮫島を倒すくらい強いわけだし!)
ここにきて、橘君のような見本になるイケメンがいるのは、とても心強いと思った。
「すみませーん!」
「?」
すると、その瞬間、どこからか女性の声が聞こえた。
見れば、映画館のスタッフなのか、旗を持った若い女性が、姫奈と皇成の元に駆け寄って来た。
「ちょっとよろしいですか? 実は今、映画をご覧になってくださった方限定で、福引やってるんですが、よかったら、引いてみませんか~?」
無駄に明るい声で、話しかけてきた店員が促す方を見れば、確かに映画館の外の廊下で、福引をやっていた。
長テーブルの上には、穴の開いた箱が三つほどあって、映画見たあとなのか、半券を提示した客たちが、各々、箱の中に手を突っ込んでいた。
「へー、福引か」
「面白そう! 皇成くん、行ってみよう!」
すると、姫奈が、皇成の腕に抱きついた。自然と腕を組む形になれば、まさに恋人同士のようなその光景に、皇成は思いのほか感動してしまった。
(あぁ!! なんか、デートしてるって感じ……!)
これぞ、まさに、ずっと憧れていたデートというものだろう!
午前中、コンビニ強盗と戦ってたのが、まるで、嘘みたいだ!!
「ねぇ、どっちから引く?」
すると、二人して福引の前まで来ると、店員に半券を見せた後、姫奈がそう言った。
皇成は「どっちでもいいけど」などと思いながらも、とりあえず、姫奈に先に引くよう進めた。
「あー、ハズレですね〜」
だが、その後、姫奈が引いたくじは、ハズレだったらしい。店員がちょっと残念そうな声をだしたかと思えば、参加賞として、ポケットティッシュと、映画の割引券をもらった。
「うーん、やっぱり簡単には当たらないね。はい、次は皇成くん!」
すると、姫奈に促され、次は皇成は箱の中に手を突っ込んだ。よくある三角くじを適当に取り出し、店員に差し出す。すると――
カラン、カラン~♪
と、突然ベルが鳴った。
どうやら、今度は、何かあたったらしい。
「おめでとうございます~! クリスマス限定で使える観覧車の無料チケットでーす!」
鐘の音と共に、店員が二枚のチケットを差し出してくると、皇成たちは、そのチケットを見つめた。
なんでも、12月24日限定で、このショッピングモールの最上階にある観覧車を無料で利用できるらしい。
「わー! すごーい、皇成くん!」
「てか、これ、24日しか使えないの?」
「そうですよ〜。でも、24日の夜は、クリスマス・イブ限定で町中がいつもに増してライトアップされるんです! それはもう宝石のように輝く夜! まさに、恋人たちに打ってつけで、そのイルミネーションを見るために毎年カップルでごった返して、二時間は待たされるんです! でも、このチケットを持っている方は、待たずに乗車できますから、ぜひとも使ってくださいね」
「へー」
なるほど、それはラッキーだ。そんな特別な夜のイルミネーションを、並ばずに見られるなんて。
「やっぱり、映画館に来てよかったね。午前中の不運が嘘みたい」
すると、姫奈がまた朗らかにそう言って、皇成は改めて、矢印様のことを思い出した。
今日の采配で、皇成は『映画館』に行けと言われ、姫奈は『水族館』に行けと言われた。
きっと、それがお互いにとって最良の場所だったのだろう。水族館行きを決めた後から、皇成の方は、災難の連続だったから。
だが、行先を映画館に変えてからは、実に穏やかなものだった。
でも、その選択は、姫奈にとっては、悪い方のはずで……
(特に、何も起きてないよな……?)
もしかしたら、映画館を選べば、今度は姫奈に不運なことが起こるかもしれない。そう懸念していた。
だが、その後、姫奈の身に、何かが起こることはなく、むしろ、水族館行きを選択していた時よりも、こっちのほうがいいのでは?と思うくらい穏やかだった。
(まぁ、何事もないなら、いっか……)
二枚のチケットを見つめながら、皇成は、穏やかに微笑んだ。
だが、そんな二人の背後を、フードを目深にかぶった男が、一人通り過ぎた。
人が往来する中、しばらく進んだ先で、立ち止まったその男は、コートのポケットからスマホを取り出した。
少しだけ操作したあと、男が画面を見つめる。
すると、その画面には、先日、皇成の母親がバズらせた、皇成と姫奈の写真があった。
顔はスタンプで隠されていて、制服もぼかしが入っているから、それが皇成と姫奈だとは一見してわからない。
だが、スタンプで隠しきれなかったのか、姫奈の、あの珍しいミルクティー色の髪だけは、しっかりと移りこんでいた。
「ふ、はは………みーつけた」
か細く呟けば、男の口元が、不気味な弧を描いた。
だが、そんな男が、自分たちを見つめていることに、皇成は、一切気付くことがなかった。
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