第48話 映画館


 それから、昼食をとったあと、皇成たちは、行先を変更して、映画館に向かった。


 数年前にできた大型ショッピンモール。その中には、映画館だけでなく、様々な店が建ち並んでいた。

 飲食店に雑貨店、ゲームセンターに本屋といった定番処はもちろんだが、このモールの一番の目玉は、やはり、屋上にある観覧車かもしれない。


 ただでさえ馬鹿でかい建物の最上階に、悠然と建つ観覧車。それは、この町を一望できると、家族連れやカップルに、とても人気のアトラクションだった。


「大丈夫か?」


 そして、その中の映画館から、今しがた出てきたばかりの皇成は、また泣いてしまった姫奈を慰めていた。


 ちなみに、今泣いているのは、皇成のせいではない。ただ、映画を見て泣いてしまっただけだ。


「うぅ、ごめんね、皇成くん……でも、あのラストシーンは泣いちゃう」


 先ほど泣いたにも関わらず、映画を見て、また泣いてしまった姫奈は、ハンカチで涙を拭きながら、感嘆の声を漏らした。


 だが、今観てきたのは、お涙頂戴ものではなす、少年漫画の大ヒット作で、映画化までされたアニメ映画。


 皇成だって、今日のために、上映中の映画はいろいろとチェックしてきたが、まさか姫奈が、アニメを選ぶとは思わなかった。


「たしかに、あのラストは、じわっときたけど」

「やっぱり! 皇成くんもそう!? 私も、漫画を読んで結末はしってたんだけど、やっぱり、映像でみると全然違う……作画綺麗すぎるし、声優さんの演技も完璧だし! まさに魂が入るっていうか……!」

 

 うん、わかる。それは、めちゃくちゃわかる! だけど……


「ゴメン……ちょっと意外だったかも?」

「意外?」

「うん。アニメとか、漫画とか、好きそうなイメージなかったし」

「あ……」


 ここ最近の彼女、いわゆる、は、まさに『高嶺の花』だった。


 奥ゆかしくて清楚で『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』


 それを、まさに地で行くタイプの女の子で、更に図書部員だということも加わってか、愛読書は、純文学とまで言われていた。


 だからか、漫画やアニメなんて、ほど遠い存在だと思っていた。それなのに……


「もしかして、あれもキャラ作りのためか?」

「ぅ……だって、ってばれたら、イメージ変わっちゃうし……っ」


 少し恥じらいながらも、姫奈はバツが悪そうに、皇成から視線をそらした。

 しかも、この姫奈から『オタク』などという言葉が、飛び出すとは!


「オタクなの?」

「オ……オタクだと思う。好きな声優さんの配信とかラジオとか毎週欠かさずチャックしてるし、アニメや漫画のことを呟くための、裏垢も持ってたりするの」

「マジか!?」

「あ! でも、コミケには行ったことないよ! 興味はあるけど、コミケでコスプレなんてしてたら、学校にみんなにばれちゃうし……!」

(コミケで、コスプレ!?)


 しかも、裏垢まである!?

 その意外ずぎる一面に皇成は、更に驚いた。


 確かに姫奈だって、普通にSNSはやっていた。


 『ツイスタ』にアカウントを持っていて、付き合った時に、皇成のほぼ使ってないアカウントとも、お互いにフォローし合っていた。


 だが、その姫奈のつぶやきは、なんとも、華やかなものばかりだった。まさに完璧と言っていいほどの、リア充らしいもの。


『カフェに入った時のオシャレなデザートの写真』とか『ネイルの色を変えてみました~』といった可愛いつぶやきばかりで、オタクとは無縁の理想の女子がつまっていた。それなのに……


「その裏垢、フォローしていい?」

「ええぇ!! ダメ!!絶対ダメ!! アニメのこと呟いてる時の私、ちょっとおかしいから、絶対に教えたくない!!」

(逆に気になるわ……!)


 この清楚な高嶺の花が、アニメや声優さんのことを呟くときに、どう変わるのか!?


 はっきり言って、めちゃくちゃ気になった!


 だが、姫奈は断固して『それだけは無理!』と言ってきて、皇成は、その頑なな姿に、自然と笑みを漏らし、くすくすと笑いだした。


 学校の中の姫奈は、いつも完璧だった。


 だが、それが矢印様の導き通りにふるまっていた結果だということを、皇成は知った。


 『自分らしさを貫くこと』と『幸福な未来』を天秤にかけて、姫奈は『幸福な未来矢印さま』をとった。


 だからこそ、姫奈は高嶺の花でいるために、理想の女の子を、つらぬてきた。


 だけど、そんな姫奈の生活の中に、ほんの少しでも、自分らしくいられる瞬間があったのだとわかって、なんだか無性に嬉しくなった。


「やっぱ、素のままでも可愛いよ、碓氷さんは!」

「……っ」


 笑いながらも、皇成がそういえば、姫奈は、その瞬間、顔を真っ赤にする。


「素のままって……オタクでも、可愛いって思う?」

「くぷぷ……うん、可愛い」

「ちょっと、笑いすぎ!」

「だって、まさかコスプレするほど好きだとは」

「するほどって――まだしてないわ! 興味があるってだけ!」

「あはは! つーか、もう学校でも素で振舞えば?」

「え、でも……それは、無理。ずっと、これでやってきたのに……それに、皇成君と付き合ってから変わっちゃったら、また皇成君が悪く言われちゃうかもしれないし」

(あー、なるほど……)


 それには、確かに納得した。

 学園の高嶺の花が、彼氏と付き合ったとたん、高嶺の花でなくなったら、やっぱり、ということになるのだろうか?


 でも……


「まーいいんじゃない? ってことにすれば?」

「お、俺色……?」


 すると、姫奈の顔は、再び赤くになって


「そういう恥ずかしいこと、平然と言わないで!」

「え? 恥ずかしい?」

「は、恥ずかしいわ! それに、私のこと、染めたいって思うなら、その他人行儀な言い方は、もうやめて!」

「え?」

「だって、次に会ったら、名前で呼ぶって言ってくれたのに、皇成くん、いつまでたっても『碓氷さん』なんだもの。だから、これからは『姫奈』って呼んで」

「っ……!」


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