第47話 二人のこと
「最低だよ。自分のことしか考えられないなんて」
「……ッ」
その歯に衣を着せぬいいように、姫奈は、真っ青になり、その後、縮こまった。
自分で言うのと、直接、皇成に言われるのとでは、全く違った。
自分の愚かさを恥じ、それと同時に、フラれる覚悟をした姫奈は、きゅっとスカートを握りしめた。
だけど、仕方ないとも思えた。
こんなに面倒で、自分勝手な女、このまま好きでいてくれるはずがない。
「でも、そんなこと言ってたら、世の中、最低な奴らばっかりになっちまうぞ」
「え?」
だが、その後、あまりにあっけらかんとした声がかえってきて、姫奈は、目を見開いた。
「さ、最低な人……ばっかり?」
「うん。だって、みんな自分が一番だろ。まずは自分。その次に、家族とか友達とか、んで他人みたいな! 関わる相手によっても優先順位って変わってくるだろうし……それにだな! 俺が『結婚しない』って言ったのも、俺が、そうすべきだと思ったからで! それ言ったら、俺だって自分のことしか考えてねーよ!」
「………」
「それと、一応、誤解がないように言っとく! 結婚しないとは言ったけど、したくないとは言ってないからな!」
「え?」
「ぶっちゃけ、学生結婚できるんだったら、めちゃくちゃしたいと思ってる! 学校生活と新婚生活、同時に味わえるなんて、夢みたいだし! なんか特別な感じがするし! 一緒に暮らして、一緒に学校行って、時々、裸エプロンとか着て『ご飯にする? お風呂にする? それとも、私?』とか言ってくれちゃったりしても」
「そんなこと考えてたの?」
「ぁ、ごめ……今のは失言」
ちょっとありえなくて、ちょっとだけエッチな妄想に、二人して頬を赤らめる。
泣いていた姫奈の顔は、急に恥じらいの表情に変わって、バツが悪そうに視線をそらした皇成は、また、ぼそぼそと話し始めた。
「それに、自分のことばっかりじゃないだろ」
「え?」
「選択を怖がってるのは、他の誰かが傷つくのが嫌だからだろ? その時の、お父さんと、お兄さんみたいに……それに、幸せと不幸、どっちがいいかなんて聞かれたら、誰だって『幸せ』って答える」
「誰……だって?」
「そうだよ。俺だって答える。だから、きっと愛美さんは、そう答えるのをわかってて聞いてると思う。たぶん、娘が応援してくれたからっていう、大義名分が欲しかっただけだろ……だから、家族が壊れたのは、碓氷さんのせいじゃない。悪いのは、全部、浮気した愛美さんだ!」
「……っ」
はっきりと目を見て宣言され、姫奈は軽く戸惑った。
悪いのは、全部──お母さん。
それは、ずっと心の奥で、思ってきたことだった。
だけど、もし、あそこで、違う選択をしていたら、思いとどまってくれたかもしれない。微かに信じる幼い心が、ずっと、自分を否定し続けてきた。
でも……
「っ……私、悪くないの……かな?」
瞬間、またポロポロと涙を流しながら、姫奈が声を震わせた。
スカートを握る手の上には、ポタポタと滴が落ち、姫奈は、店内で静かに涙を流す。
すると、そんな姫奈にむけ、皇成が、またはっきりと答えた。
「悪くないよ」
「……っ」
その言葉は、姫奈の心には、ゆっくりと染み渡る。
母親が浮気をしたなんて、誰にも言えなかった。言えないから、誰にも相談できなかった。
家族だけの秘密にして、ひたすら胸の奥に閉じ込めてきた。
だけど――
「う、ひく……うぅ……っ」
悪くない――その言葉に、涙はいっそう溢れて止まらなくなった。
母が出て行ったあの頃、毎日のように泣いていた。ひたすら、自分を責め続け、家族を壊したことに責任を感じていた。
だけど、不思議とその時の後悔が、ゆっくりとゆっくりと、溶け出していくように感じた。
あの日、間違った選択をした自分を、許してあげられるような……
「ひ、っ……うぅ…っ」
「大丈夫か?」
すると、向かいに座る皇成が、心配そうに姫奈を見つめた。
いや、心配そうに見つめているのは、店内のいる客も店員もかもしれない。
すると、姫奈は涙を拭い、改めて皇成を見つめると、濡れた瞳を細め、綺麗に微笑んだ。
「うん……ありが……とう……皇成くん……っ」
柔らかく、見惚れてしまいそうなほどの綺麗な笑顔を向けられ、皇成は、思わず息を詰めた。
さっきまでの重い雰囲気は、どこにいったのか、いつのまにか変わった空気と落ち着いた姫奈をみて、皇成は、改めてメニュー表を差し出した。
「おなかすいただろ? 飯食って、水族館、行くぞ」
「うん……でも、水族館に行くのは、もうやめない?」
「え?」
「だって、皇成くん、水族館行きを決めてから、悪いことばっかり起こるんだもの。だから、お昼食べ終わったら、映画館に行こう」
「え……でも、映画館は」
「うん、私の矢印様は、ダメって言ったけど、でも、これ以上、皇成くんに危ない目にあってほしくないから……だから、行先変更」
そう言って、可愛らしく微笑んだ姫奈は、あんなにも頑なに、矢印さまの言いつけを守ろうとしていた姫奈とは、少し違って見えた。
(やっぱり、自分のことばっかりじゃねーじゃん)
そして、皇成の身を案じ、こんなにも優しい提案をしてくれたことに、思われていることを実感する。
(次、デートする時は、矢印様に行先を頼るのは、やめとこうかな?)
そして、ふと思ったのは、自分たちは、矢印様に頼りすぎだったかもしれないということ。
二人のことは、二人で決めればいいのかもしれない。
普通の恋人同士は、きっと、そうしてるはずだから……
「ねぇ、皇成くん」
「ん?」
「あの、私の事……嫌いになってない?」
「え?」
「だって、私、色々、面倒臭い女だなって……」
「そうか? つーか、嫌いになるわけないだろ。俺が、何年、片思いをしてきたと……」
「本当? じゃぁ、まだプロポーズは有効?」
「え?」
「皇成くんの準備が出来たら、私と……結婚してくれる?」
「……っ」
さっきまで泣いていたからか、潤んだ瞳が、可愛らしく上目遣いで、皇成を見つめた。
こんな可愛らしい仕草で、そんな可愛いことを言われたら……
「え? よく聞こえ」
「あー! こんな所で言えるか! それより、メニュー決めて! 店員さん待たせちゃダメだろ!」
「ふふ」
すると、姫奈が楽しそうに笑って、また皇成を見つめた。
「うん、じゃぁ、二人っきりの時に言ってね♡」
「……っ」
またもや、可愛らしく笑った姫奈に、皇成は、メニュー表で隠しながら顔を赤くした。
まるで、憑き物が落ちたように笑った姫奈は、とても可愛くて、綺麗で──
だけど、その笑顔に安心しつつも『さっきの泣いた顔も可愛いかったな』
そう思ってしまったのは、ここだけの秘密にしようと思った。
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