ウワサ話に御用心!③


 【最低野郎、今すぐ離婚しろ】

 その文字を見て、俺は眉を引くつかせた。


 うん、わかってた。そんな気はしてた。

 絶対、悪い内容だって。


 しかし、懐かしいなー。姫奈と付き合ったばかり頃も、こんなことあったっけ。あの時は【今すぐ別れろ】だったけど、今回は【離婚しろ】かー。罵詈雑言も進化するんだなー。


 ──て、懐かしんでる場合ねーよ!


 さすがに、これ酷くね?

 俺、買い物に行っただけじゃん。それだけで、離婚しろって、いくらなんでも酷すぎる!


(うーん、なんか、ヤバいきざしが……)


 姫奈と付き合った時にも、定期的に手紙や果たし状が届いた。まぁ、底辺が高嶺の花と付き合ったわけだし、納得がいかない人が山ほどいたのだろう。


 中でも最悪だったのは、ツイスタに直接メールを送られること。何度ブロックしても、また復活してやってくるから、地味にメンタルをやられた。そして、今のこの感じは、確実に、その時の状況と重なる。


(なんでまた、こんなことに。これ以上、エスカレートしなきゃいいけど……)

「皇成くん、何を見てるの?」

「ぎゃぁぁぁ!? な、なんでもないよ!?」


 いきなり姫奈に声をかけられ、俺は飛び上がった。こんな紙、見られるわけにはいかない!

 そう思うと、俺はとっさにポケットの中に、紙を突っ込んだ。だが、その仕草のせいか、何かを隠したのがバレバレだったらしい。姫奈は少し不安げな顔をして


「何を隠したの?」

「あ、いや」

「分かった。でしょ」


 ──ラブレター!?

 その予想外の言葉に俺は驚いた。


 なんで、そうなるんだよ!?

 てか、俺ラブレターなんて一度も貰ったことないよ!


「いやいや、ラブレターなんて俺には届かないって」

「そんなことないと思う……だって、皇成くん、今、女子の間で人気だもの」


 いや、それどこの話? 異世界?

 俺の周りには、今も昔も野郎しかいないけど?


「いやいや、それ、なんかの間違いだろ。だいたい既婚者の俺にラブレターなんて」

「既婚者とか関係ないでしょ。素敵な人は、結婚しててもモテるものだもだし」


 いや、この底辺がモテる?

 それは、絶対ありえない。


 でも、姫奈の中では、そう思うほど、俺の株が上昇しているってことだよな? いやはや、これは夫として、かなり嬉しいことだ!


 だけど、その言葉、そっくりそのまま返すよ。

 結婚しても、モテるのは確実に姫奈の方だ。もう人妻だってのに、未だに俺に誹謗中傷の手紙が届くほどなんだから!


「ねー……あの二人だよね?」


 だが、その瞬間、どこからか話し声が聞こえた。


「うん……結婚したんでしょ」

「でも、まだ目立たないね?」


 ヒソヒソと話す女子が二人。結婚がどうとか言ってるってことは、確実に、俺達のことだろう。

 しかも、ちょっと辺りを確認すれば、この数分の間に、やたらと注目を集めてるのかわかる。マズイ。これは二人でいると、さらに被害が拡大しそうだ!


「姫奈、帰るぞ!」

「え、わっ!」


 その瞬間、姫奈の手をとると、俺はすぐさま学校から走り去った。校門を抜け、ひたすら走り、あまり人目のない路上で立ち止まる。すると俺は、姫奈の目を見つめ、ある提案をする。


「あのさ姫奈、しばらく一緒に買い物に行くのやめないか?」

「え?」

「ほら、俺たち、学生結婚してまだ日が浅いし。かなり目立ってるみたいだし」

「なんで? さっきの子達は、目立たないって言ってたじゃない」

「いや、言ってたけど!」


 どう考えても、目立ってるだろ!

 現に、買い物に行ってただけで、ウワサが広まってるわけだし!!


「でもさ、学校じゃ、あまりイチャつかないようにしてるけど、やっぱり人目につくところも避けた方がいいのかなって……ほら、リア充爆発したい奴も実際にいたわけだし、妙な反感買わないように」

「…………」

「あ! 買い物は、俺が行くから! 重い荷物もあるだろうし、買うもの指示してくれたら!」

「……でも、私はやっぱり一緒にいきたい」

「え?」

「ただ、買い物するだけよ。私たち何も悪いことしてないし、ちゃんと場も弁えてるでしょ。それに、四月一日くんも言ってたじゃない。新婚生活、楽しんでくださいって」

「……っ」


 そうだよ。分かってるよ。

 俺だって、新婚生活は、めちゃくちゃ楽しみたい。だって、一緒に買い物に行くだけで、死ぬほど幸せを感じるんだから。でも──


(でも、これ以上、ウワサが広まったら、姫奈の耳にも入るだろうし……)


 自分の夫が『別れろ』と悪意満々の手紙をもらってるなんて知ったら、きっと傷つく。なら、せめて、ほとぼりが冷めるまでは、我慢した方がいいかもしれない。


「じゃぁ、二週間だけ!」

「え?」

「二週間だけでいいから、一緒に買い物に行くのは控えよう。その代わり、何でも言うこと聞く!」

「なんでも?」

「うん、なんでも!」

「……ふーん」


 すると、少し不満げだった姫奈が、その後、柔らかく微笑んだ。


「分かった。じゃぁ、買い物を控える代わりに、家の中では、いっぱい甘えてもいい?」

「え?」

「今夜も、一緒に寝てくれるんでしょ?」

「っ……それは」


 可愛らしく、それでいて、どこか小悪魔っぽく微笑むと姫奈に、俺はじわりと汗をかく。


 二週間、我慢すれば、学校の方は、なんとかなるもしれない。だけど


(俺、大丈夫か……っ)


 こっちはこっちで、俺の理性が、かなりのピンチを迎えそうだと思った。

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