第32話 写真の真実


「私が見てたのは、橘くんのにいるのほう」

「女の子?」


 そう言うと、姫奈は写真を差し出してきた。


 少し大人びた姿をした中学生の橘くん。そして、その隣には、金色の髪に青い瞳をした、まばゆいばかりのがいた。


(うわ……すげー美人)


 一瞬、目を見張り、改めて心の中だけで感想を述べた。


 この女の子も、橘くんと同じ中学生なのだろうか。

 肩より少し長めに伸びた金色の髪は、陽の光に照らされてキラキラと輝いていて、その上、人形みたいに整った容姿をしていた。


「可愛いでしょ、その子」

「う、うん……確かに可愛いけど」


 姫奈の言葉に、皇成は素直に同意する。


 といっても、皇成にとっては、のだが、この写真をみて、可愛いとか、美人だとか口にしない方が、むしろおかしい。


「……ていうか、この子を見てたって、どういうこと?」


 不意に、先程の姫奈の言葉を思い出し、皇成は首を傾げた。まさか、見ていたのが、男子ではなく、女子だったなんて……


「あのね。その子は、私のなの」


「目標?」


「うん、昔の私は、すごくおどおどした子で、外国人みたいな髪の色も、日本人みたいな『碓氷 姫奈』って名前もあまり好きではなかったの。そのせいで、勘違いされたりして、窮屈な思いをしていたから」


「……」


「だけど、そんな時に、その写真の女の子のことを知ったの。その子の名前は、神木かみき 飛鳥あすかちゃんって言って、橘くんのお友達なんだけど……私と同じで、外国人の血が混じってて、名前も日本人みたいなのに、その子は私と違って、すごい人気者なんだって」


「人気者……」


 確かに、写真の中の美少女は、橘くんの隣でモデル顔負けな綺麗な笑みを浮かべていた。

 誰もを魅了するような、明るくて美人で、どことなく人柄もよさそうな、そんな感じの輝きを放っていた。


 確かに、それを見れば、姫奈が人気者というのも頷ける。


「その子のこと、純粋に凄いなーって、カッコイイなって思ったの。私はみんなと違うのが嫌だったけど、その子は、みんなと違ってても堂々としていて、その姿に憧れちゃって……」


「それで、写真を?」


「うん。実は、私の家の裏にね、橘くんのおばあちゃんちがあるの。よくお邪魔してるんだけど、たまたま、その写真や見せてもらった時に、私、その子に一目惚れしちゃって!」


「ひ、一目惚れ!?」


「うん! だって凄く綺麗だし、女の私でも見惚れちゃう! それにね、橘くんのおばあちゃんに聞いたら、一枚どうぞって言ってくれたから、それから、その子を目標に自分磨きを頑張るようになったの! この子くらい綺麗で素敵な女の子になれたら、きっと、皇成くんもふりむいてくれるって思って……だから、時々写真を見て、気合い入れてたんだけど、それをまたまた友達にみられて、橘くんの写真を持ってるって噂が広まったみたい。私も、少し前まで知らなかったんだけど」


「……そ、そうだったのか」


 その話を聞いて、皇成は改めて写真を見つめた。

 確かに、変わりたいなら、目標になる人物がいた方が、いいのかもしれない。


 現に姫奈は、彼女を見本にし、矢印様に従ったことで、学園の"高嶺の花"とすら言われるまでに成長し、文字通り、人気者になっていた。


 この姫奈の話に、きっと嘘はない。


 ならば、『橘くんが好きで、写真を持っていた』と言う噂が事実ではないということも、これで、ハッキリした、のだが……


(あれ? 神木かみき 飛鳥あすかってどこかで、聞いたような……?)


 ふと、その美少女の名前に引っ掛かりを覚えて、皇成は再び首を捻る。


 どこかで、聞いた名前のような気がした。

 橘くん? いや違う。


(あ、そうだ。確か、大河たいがが……)


 その瞬間、皇成は、友人の大河と話したことを思い出した。



 ◇◇◇


「なぁ、大河。この前、他校の文化祭に行ったっていってたよな?」


「あ~うん! 俺が、に一目惚れした、あの文化祭?」


「神木くん? あー、一目惚れした、神木くんっていうんだ」


「うん、神木かみき 飛鳥あすかくんって言って! 金髪で目が青くて、マジで女の子みたいに無茶苦茶、綺麗な男子で」


「え! 神木くんて金髪なの!?」


「そうだよー。クォーターなんだって、イタリア人か、フランス人の血が混じってるとかで」


「へー」


 ◇◇◇


「…………………………」


 瞬間、皇成は無言のまま、また写真の中の美少女を見つめた。いや、もはやは絶句といった方がいいかもしれない。


(あれ? 神木 飛鳥って……もしかして、??)


 そんな結論に達して、写真を持つ手がガタガタと震え始める。


 確かに、この写真に映る中学生の女の子は、見るからにだ。

 華奢で髪も長めで、男だと言われても信じられないくらい可愛い。


 だが、大河は確かに言っていた!


 マジで女の子みたいに無茶苦茶、綺麗な──だと!!


(え゛え゛ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!?)


 瞬間、皇成は心の中で絶叫する!!

 もう、軽くパニックな程だ!!


(え、ちょっ、待って!! 男なのか、この子!?)


 だが、姫奈は彼女が、橘くんの友人だといっていて、それは大河も同じことを言っていた!

 神木と言う名の金髪碧眼の友人が、そうゴロゴロいるはずがない!


 それに、よく見れば、写真の中の美少女には、女子にはあるはずのがなかった。

 中学生だからと言うことを差し引いても、ない!! もはや、絶壁の域だ!


 だが、いくらなんでも、男子と女子を間違えるなんて……


(いやいや、間違えるわ! ご丁寧にしてらっしゃる!?)


 飛鳥あすか──は、まさに男でも女でも、ありそうな名前。

 それに、この見た目ならば、姫奈や大河が、女子と間違えたのもよく分かる。


(ど、どうしよう……これ、話すべきか?)


 今まで、自分が『目標』にしてきた『美少女』が、実は『美少年』だったとしったら、姫奈はどう思うだろうか?


 それに……


(ひ、一目惚れ……か)


 そう、姫奈はさっき、この写真を見て一目惚れしたと言っていた。

 それは、もちろん、の神木飛鳥にだが、皇成は、なんだか複雑な心境になる。


(これって、橘くんはみてなくても、結局『男子』を見ていたということになるのでは??)


 しかも、姫奈と同じクォーターで、姫奈と同じように日本人らしい名前で、姫奈と同じ人気者の超リア充!

 そんな共通点ありまくりな理想の人が、もし男子だとわかったら……?


 しかも、この写真の神木くんは、中学生の頃でまだ可愛らしいが、数年たち高校生になった彼は、今やどれほどの美男子……いや『王子様』に成長しているのだろうか?


 そんなことを考え、皇成はじわりと汗をかくと


(うん。この美少女が男だってことは、一生、内緒にしておこう!)


 橘くんもだが、こんな絶世の美男子に勝てる気配が微塵もしない! そんなわけで、皇成は


「そうか、そうか! 確かに、このめちゃくちゃ美人だし、可愛いし、目標にもしたくなるよな~! いや、ほんとすげー可愛い! この!!」


 これでもかと、女の子だと強調しまくる!

 この美少女が、実はだと、姫奈に悟られないように!


 だが、そんな皇成に、姫奈は少しばかり、むくれた顔をした。


「そ、そんなに、可愛い可愛い、連呼しなくても……っ」

「え?」


 とたんに不機嫌そうな顔をして、俯く姫奈に、皇成は


「……あ、もしかして、?」

「や……妬いてないし!」

「へー、その割には、機嫌悪そうだけど~」


 茶化すように笑えば、姫奈は更に顔を赤くした。

 それは『ヤキモチを妬いています』と、ありありと分かるほど。


「あはは」

「な、何笑ってるの!?」

「だって……っ」


 思わず、頬が緩んだ。好きな女の子が、こうして、ヤキモチを妬いてくれる。その姿が、本気で可愛いとおもったから。


 だが、その後、姫奈は……


「ねぇ、皇成くん……絶対に、浮気とかしないでね?」


 この時は、まだ知らなかった。彼女の心の中に眠る、大きな大きな《傷跡》に──


 そして、どうして姫奈が、そこまで『幸せな結婚』にこだわっているのか、そのですら


 この時の皇成は、まだ──何も、知らなかった。

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