第3章 彼女の部屋に招かれました。

第11話 二人っきり

 

 11月下旬は、とても肌寒い季節だ。

 少し前までの暑さが消えて、冬が始まる時期。


 恋人同士なら、手を繋ぎ、お互いの手を温めながら帰るのもいいかもしれない。だが、せっかく恋人同士になったのに、皇成の頭の中は、別の事でいっぱいだった。


(まさか、いきなり家に呼ばれるなんて……っ)


 家に行ったりするのって、付き合って2~3ヶ月たった後だと思っていた。それとも、付き合った次の日に呼ばれるのは、ちまたでは『普通のこと』なのだろうか?


 付き合った経験がない皇成にとっては、これが『当たり前』なのか『イレギュラー』なのか、全く分からなかった。


(ていうか、いきなり彼女の家は、展開が早すぎる……!)


 恋愛初心者の皇成。正直、心の準備なんて、なにも出来ていない。だが、そんな皇成に姫奈は


「矢神君、そんなに緊張しなくても、今日は、から、心配しなくていいよ?」

「え!?」


 ――誰も、帰ってこない!?


 ちょっとドキッとした。いや、ちょっとじゃない。心臓が今にも口から飛び出るんじゃないかってくらい、ドキッとした!


 いやいや、碓氷さん。いくら彼氏とはいえ、誰もいない家に、男を招き入れるのは、ちょっと危機感が足りなすぎるんじゃないかい?


 そんなことを思いつつも、これから大事な話をするから、この行動にも、この言動にも、全く深い意味はないのだと、皇成は言い聞かせる。


(落ち着け、今日は話しをするだけだ。それに、子供の頃は、よくお互いの家で遊んでたし)


 そう、あの頃と同じだと思え!

 なにより、これから話すのは、別れ話だ。


 甘い雰囲気ところか、始まるのは、もしかすると──修羅場かもしれない。


「矢神君、どうぞ」

「……っ」


 すると、家に着いたらしい。玄関をあけ、姫奈が微笑んだ。


 見上げた先にあるのは、落ち着いた雰囲気の洋風の家。一般的なファミリー世帯の一軒家だ。皇成の家よりも、ちょっとだけ、こじんまりとした感じのまだ真新しい家。

 

 だが、その見覚えのない家を見て、皇成はゴクリと息を飲んだ。


 幼稚園の時は、同じ市営住宅で暮らしていたし、姫奈とは、お互いの部屋に行ったり来たりして、よく一緒に遊んでいた。


 だから、あの頃と同じと言い聞かせたのだが、ここから先は、全くの未知の世界だった。


 なぜなら、引っ越してから、お互いの家に行ったことは一度もなく


 初めて入る姫奈の家。

 初めて目にする姫奈の部屋。


 それも、幼稚園のころのような子供の部屋ではなく、女子高生が使っている女の子の部屋だ。


(まずい、緊張してきた……)


 ドキドキと、心拍が上昇する。


 思わず、入っていいか、いけないかを、いつもの調子で矢印様に聞いてしまいそうになった。


 だが、碓氷姫奈のことに関して、矢印様に采配をゆだねるのが、今はちょっと怖い。というか、聞いたら、絶対「入るな」って言われそう。


「矢神君、早く入って?」

「え、わ……!」


 だが、悩む皇成の腕をとると、姫奈は、そのまま皇成を家の中に引きずり込んだ。


 バタン──と、玄関の扉が閉まる。


 すると、そこから先は、まさに二人だけの空間だった。中はとても綺麗に整頓されていて、清潔感のある香りが漂っていた。そして、どれだけ耳をすませても、物音ひとつしなかった。


 その静けさは、この家に誰もいないことを、しっかりと証明していた。


「私の部屋、二階なの」

「ぅ……うん」


 その後、言われるまま二階に通された。


 階段を上った先には、左右に別れて部屋があって、その右側に姫奈の使う部屋があった。


 六畳の洋室だ。中には、机とベッドとローテーブル。あとは、洋服ダンスなのか、ツートーンにオシャレなチェストと、パソコン。そして、数個のぬいぐるみと、鏡。


 そこにあるのは、皇成に部屋にもありそうな一般的な物なのに、なぜか全く違ってみえた。


(なんか……めちゃくちゃ、いい匂いがする)


 何より香りからして違う。自分の部屋とは全く違う、甘くて、ふわふわする、まるで綿菓子みたいな優しい香り。


(すごく、女の子の部屋って感じだな)


 ナチュラルで可愛い女の子の部屋。それは、初めて入る女子の部屋だった。いや、幼稚園の時も入ってるから、初めてとはいいがたいが、その部屋に入った感覚は、皇成が今まで過ごしてきた人生のなかで、全く感じたことのない感覚だった。

 

(なんだか、落ち着かない……)


 そして、どんなに深呼吸をしようと、心は、ずっとドキドキしっぱなしで、休まる暇がなかった。


 彼女が出来るって、こんなのにも、胸が熱くなるものなのだろうか?


 ドキドキしたり、ハラハラしたり、嬉しくなったり。こんなにも満たされて、こんなにも幸せで。


 だけど自分は、これから、この幸せを手放さないといけないわけで――


「矢神くん。もしかして、緊張してる?」

「……え?」


 ローテーブルを挟んで、向かい合わせに座ると、黙り込む皇成に、姫奈が話しかけてきた。


 制服姿のまま二人目が合えば、なんだか急に気恥ずかしくなった。


「あ、ごめん……俺、彼女の部屋にくるの、初めてで」

「そ、そうなんだ……実は私も、男の人を自分の部屋に入れるの、初めてなの……だから今、すっごく緊張してる」

「……っ」


 碓氷さん!

 あんまり可愛いこと言わないで!

 ドキドキが、止まんなくなるから!


 恥じらい、頬を染める姫奈を見て、皇成は、慌てて視線を逸らした。


(落ち着け、落ち着け……! 俺は今日、別れ話をしに来たんだぞ。……あ、でも、少しくらい恋人らしいことしてからでも……いやいや、ダメに決まってんだろ!)


 脳内で、悪魔と天使が格闘する。このままこの流れに身を任せてしまいたい自分と、それを必死に止める自分。


 だけど、どうしてもわからないことが、一つだけあった。


「あのさ、碓氷さん」

「……なに?」


 改めて声を変えれば、姫奈と、また目が合った。


 これだけは、ちゃんと聞いておきたいと思った。


 どうして、彼女が、俺を選んだのか?


「碓氷さんは、俺のどこが好きなの?」

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