第84話 絶望への選択


 しんと静まり返った警察署の中は、カチコチと時計の音がよく響いた。


 あれから、どのくらい時間が経ったのか、皇成が目を覚ますと警察署の中は、未だにどんよりとしてた空気に満ちていた。


 クリスマス・イブだというのに、遊楽な世間とは対象的に、場の空気はひたすら重かった。


 姫奈の父兄と皇成の母は、ロビーの無機質なソファーに腰かけたまま、姫奈の帰りを待っているようだった。


 亡くなった姫奈の帰りを──


(あぁ……やっぱり、夢じゃない)


 そして、その光景を目の当たりにして、皇成はソファーに横たわったまま、再び目を閉じた。


 目が覚めたあと、これが夢だったらと、淡い期待を抱いていた。だが、それが紛れもない現実であることは、この場にいる三人の表情が物語っていた。


「皇成、目さめたの?」


 すると、息子の様子に気づいたのか、母親の麻希が声をかけてきた。


 倒れたあと、ソファーに寝かされたらしい。皇成の体には、警察署のものなのか毛布がかけてあって、麻希は皇成の横に座り、倒れた息子に付き添っていたようだった。


 その声に、皇成はむくりと起き上がると


「……姫奈は?」


 呆然と問いかければ、麻希はふるふると首を振って


「まだ、見つからないみたい。それに、もう暗くなったし、捜索は、また明日、明るくなってからになるかもって」

「…………」


 世間は、だいぶ暗くなっていた。


 時計の針は、19時4分をさしていて、皇成が気を失ってから、ざっと三時間ほど経っているのが分かった。


(三時間も、寝てたのか?)


 警察署で、姫奈の訃報を聞いたのが4時過ぎ。

 三時間まではなくとも、それくらいは眠っていた。


 眠気眼ねむけまなこのまま、それでも、現実を受け止めきれず、ただ呆然と空虚を見つめると、その瞬間、夢の中で、女神が言っていた言葉が、脳裏をかすめた。


『どうか見極めてください。目の前にあるものが、本当に真実なのか──』


 間に合うか、間に合わないかは自分次第。

 そう言われた後、そんなことも言われた。


 どういう意味だろう。


 正直、あの女神の言うことは、あまり信用できなかった。


 目の前にあるものが、全て真実なのは事実だ。

 だって、犯人が『姫奈を殺した』と、自供しているのだから──


(矢印さま……姫奈は、死んだのでしょうか?)


 それを問いかけたのは、無意識の中だった。

 ただ呆然と、ゆらゆらと夢の中を漂っているように。


 だが、ピコン──と二枚のプレートが眼前に現れた瞬間、皇成は我に返った。


(あ、マズイ……っ)


 目の前には《死亡》と《生存》と書かれたプレートが現れて、その二つの選択肢を見た瞬間、皇成はじわりと汗をかいた。


 それは、絶対に聞いてはいけない選択。

 まさに、絶望への選択だった。


 こんな選択をして、その結果を、はっきり突きつけられたら、自分はもう立ち上がれなくなる。

 だが、一度問いかけてしまえば、もう中断はできない。


 すると、矢印さまは、止まることなく采配を続けた。


 《死亡》と書かれみ赤いプレートと

 《生存》と書かれた青いプレート。


 そして、真ん中に現れた《↑》は、ゆらゆらと揺れて、片方を指す。


 矢印様が、采配したのは






 ────《生存》






「────…っ」


 呆然と、そのプレートを見つめたまま、皇成は息を詰めた。


 強ばった体からふっと力が抜けて、目の前の結果に、ただただ魅入る。


 心臓は痛いくらい鼓動を刻んでいて、指先は微かに震えていた。

 

 それでも、掴めるはずのないプレートに触れようと手を伸ばせば、皇成の指先は何もない空中を彷徨った。


 だが、それは確かに、矢印様がいったことだった。


「生、きて……る?」


 ──姫奈は、まだ生きてる。


 そう理解した瞬間、皇成の目に、やっと光が戻った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る