第21話 炎上しました


 キーンコーンカーンコーン――


 四時間目の授業が終わり、これからお昼休みに入ろうという頃、お弁当を持った皇成は、真面目な顔で宣言した。


「大河! 今日は一緒に弁当を食えない!」


 じっと口を真一文字に結び、大河を見つめれば、大河もまた真面目な表情で皇成を見つめた。


「分かった! どうか、無事で!!」

「ああ、弁当食って、俺が無傷で掃除時間に間に合うことを祈っていてくれ!!」


 そう言って、弁当とスマホだけ持ち、颯爽と立ち去って行った皇成。さながらそれは、戦場にでも向かうようだったが、これは決して、ふざけているわけではない。


 もはや、お察しだと思うが、二時間目の休み時間に、姫奈が許可を出したあの新聞は、あっという間に学校内に張り巡らされ、今まさに騒動になっていた。


 まぁ、簡単に言えば『結婚を前提って、どういうことだゴラァァァ!!!』と言った感じの騒動だ。


(全く、新聞部のヤツら、許可も取らずに、あんな記事を貼り出すなんて……!)


 まさか、姫奈が許可したとは知らず、廊下を走りさる皇成は、、教室から離れた。


 きっと、あのまま、いつも通りお弁当を食べていたら、あの記事をよく思わない奴らが、わんさか押し寄せくるのだろう。


 だが、矢印様に事前に聞いたおかげで、チャイムがなると同時に教室から脱出することができた。


 だが、今度は、どこでお昼を食べるか?

 そんなわけで、皇成は、再び矢印様に問いかける。


(矢印さま、矢印さま。特別棟の校舎裏と体育館裏。行くなら、どっち?)


 比較的、人がいなさそうな場所を二つ選びだし、皇成は、この先の運命を委ねる。


 すると矢印は『特別棟の校舎裏』をさし、皇成の足は、そのまま特別棟へと向かった。


 一階までおり、渡り廊下を通ると、その後、見つからないように、こっそり特別棟の裏にまわりこんだ。


(よし……ここなら、誰もいな)


 だが、そう思った瞬間、がいるのに気づいて、皇成はギョッとした。


 そこには、黒髪で大人しそうな男子生徒がいた。


 そう、それはまさに、昨日、新聞部の長谷川 蘭々の後ろにいた──"四月一日"という一年生!!


「でぇッ!?」


 思わず変な声が出た。まさか、矢印様がミスったのだろうか? いや、そんなはずはないが、よりにもよって、新聞部の生徒がいる場所を指すなんて!?


「こんにちは」

「……こ、こんにちは?」


 目が合った瞬間、四月一日は、ぺこりと頭を下げてきて、皇成はとりあえず返事をした。


 そして、その後「どうするべきか?」を考える。


 立ち去るか?

 はたまた、立ち去らないか?


「矢神先輩も、お昼ですか?」

「え? あ……うん」

「そうですか……。どうぞ、隣あいてるので、僕のことは気にせず食べてください」


 コンクリートの上に座り込み、弁当と新聞を手にしている四月一日もまた、ここでお昼を食べるらかった。


 だが、気にするなといわれても、相手は、あの新聞部だ。気にならないはずがない。


(どうするかな。でも、下手に動くと、誰かに見つかる可能性もあるし)


 矢印様は、確かに、この特別棟の校舎裏を指した。ということは、体育館裏に行くよりいいのかもしれない。


 皇成は、しぶしぶ、四月一日の隣に座ると、とっとと食べてしまおうと、お弁当を広げた。


 だが、その後二人は、無言のまま、お弁当を食べ続けた。外の空気は、11月下旬だけあり、とても肌寒い。しかし、その寒さ以上に、空気が冷たい。


 というか、重すぎる。


(な……なにか話しかけた方がいいよな? 一応、俺の方が先輩だし)


 だが、ほぼ初対面に近い後輩に、なんと声をかければいいのか? 基本、地味で目立たず、友達も少なかった皇成に、そんなコミュ力は皆無だった。


「すみませんでした」

「え?!」


 だが、そんな中、突然、四月一日が謝ってきた。


「え? あ、いや、謝るのは俺の方で……ごめん、いきなり来て。えーと、四月しがつ……なんて読むの、その苗字?」

「あ、これは『ワタヌキ』です」

「ワタヌキ? "四月一日"って書いて、ワタヌキって読むの?」

「はい。僕の名前『四月一日わたぬき つばさ』っていいます。難読苗字なんで、読める人は少ないですが……それより今日は、新聞部僕たちが、ご迷惑をおかけして、すみませんでした」

「……!」


 再度謝り、頭を下げてきた四月一日は、どうやら、あの新聞のことを言っているらしかった。


(いい子だ。……この子、めちゃくちゃいい子だ)


 まさか謝ってくれるなんて。てっきり長谷川と、同類かと思っていた。


「長谷川先輩、新聞のためだったら、周りが見えなくなる人で……」

「あ、うん。それは、見ればわかる」

「本当にすみません」

「あ、いや。別に、四月一日くんが謝らなくても」

「いえ、僕も手伝ったので」

「手伝ったのかよ!?」

「はい。だけど、これだけは言わせてください。僕たちは、何一つ

「……え?」


 その言葉に、皇成は改めて、あの新聞の内容を振り返る。


 確かに、あの記事に嘘は一つもなかった。昨日、姫奈に聞いた話を元に書かれたその内容は、どちらかというと、祝福しようとするものだった。


 二人の恋を認めてはどうだろうか……と。


 なにより、騒動の原因でもある『結婚を前提に』という、あの見だしだって嘘ではない。実際に姫奈は、結婚を考えているのだから……


「僕たち、新聞部のもっとうは、人を幸せにできる新聞を作ることです。いいニュースをみんなで共有して、この殺伐とした世の中で、少しでもほっこりして貰えたらなって……今回だって、別に2人をさらし者にしようとした訳じゃなくて、格差はあっても二人は真剣なんだってことを、伝えようとしたのですが……思った以上に、矢神先輩に納得いかない人が多かったみたいで、逆に炎上しました」

「………あ、うん。ごめん」


 思わず、謝ってしまった。炎上したのは、まぐれもなく自分が底辺だったせいかもしれない。


 だが、この新聞部が、まさか、自分たちを祝福していたなんて思いもせず、それには、正直驚いた。


 どちらかといえばトドメを刺しに来たのかと思っていた。


「本当に、すみませんでした」

「あ、いや、そんなに、あやまらなくても」

「いえ、膨れ上がった大衆の前には、どんな言葉も無力です。今回の件で、それがよく分かりました。あの記事によって、もしも、二人が別れることにでもなったら、それは、間違いなく、僕たち新聞部の責任です。本当に申し訳ありませんでした」

「…………」


 とても真剣な表情で、またもや頭を下げてきた四月一日。まさか、皇成が別れようと思ってるなんて、夢にも思ってないのだろう。だが……


(そうか、新聞部の人達は、俺達のこと祝福してくれてるのか)


 ずっと、反対意見ばかり聞いていたから、みんな敵のように感じていた。


 だけど、大多数に隠れていただけで、意外と祝福してくれている人だっているのかもしれない。


 ただ、気づかないだけで……


「あの新聞は、今日中に全て回収します」

「……いや、いいよ。回収なんてしなくても」

「え?」

「確かに嘘は書かれてないし。それに、今更回収したところで、俺のことよく思ってない人たちは忘れないだろ」

「そう、ですが……」

「それに、祝福されてるんだと思ったら、なんだか嬉しくなった。ありがとう」


 そう言って、皇成が柔らかく笑えば、四月一日は、小さく俯き、またぺこりと頭を下げた。


 皇成は、それを見てさっきまでの警戒心がなくなったらしい。その後、明るく話しはじめた。

 

「しかし、ここちょっと寒すぎないか? 四月一日くん、いつもこんな所でたべてるの? 教室で、友達と食べればいいのに」

「友達はいません。ボッチなので」

「……え? あ、ごめ」

「いえ、僕、活字中毒で、友達と話してても、気がつけば、文字ばかり読んでしまって」

「活字中毒?」

「はい。四六時中、活字を読んでないと落ち着かなくて、家にある調味料のラベルは全部読破しました」

「調味料のラベル!? あー、それで、新聞なんて持ってきてるのか」

「はい。おかげで、事件やニュースは、ある程度頭に入ってます」

「マジで? じゃぁ最近、気になったニュースとかある?」

「はい」


 すると、四月一日は、傍に置いていた新聞を開くと、それを皇成の前に差し出し


「気になったのは──『ラブホテル炎上事件』です」

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