第39話 男子高校生たちの遭遇


「あ! 四月一日わたぬきくん!?」

矢神やがみ先輩」


 そこにいたのは、新聞部の一年生『四月一日わたぬき つばさ』だった。


 制服姿ではなく、黒のカーゴパンツに黒のパーカーを着た私服姿の四月一日は、普段とはちょっと違う印象を受けた。


 ていうか、コンビニにいたりするんだ?


「こんにちは。奇遇だなぁ、こんなところで会うなんて」

「そういう、矢神先輩こそ。家、この近所なんですか?」

「あ、いやいや、全然この辺じゃない。実は、水族館行きのバスが故障して」

「そうだったんですか。それは、お互い災難ですね」

「え? お互い?」

「はい。実は僕、家から追い出されまして」

「……え?」


 追い出された?

 なにか訳ありなのだろうか?


「なにか、あったの?」


 少し神妙な面持ちで、皇成は尋ねた。

 すると、四月一日は、深刻な表情で話し始めた。


「実は僕、休みの日は、ずっと部屋に引きこもってるんです。食事する時も、ひたすら文字を読んでいるので、激怒した母が、不健康すぎるから外を散歩して来いと」

「ごめん、真面目に聞いた俺がバカだった」


 つまり活字中毒のせいで、追い出されたと!?


「四月一日くんて、ゲームとかそういうのもせず、ずっと文字読んでるの? そりゃ、親も心配するだろ」

「そうは言われましても、文字が好きなんです。それに、結局、外に出ても、文字見たさに、コンビニに入ってしまい、ジュースのラベルをずっと読んでました」

「もう、病院行った方がいいんじゃない?」


 かなり重度の活字中毒!


 こんなことを繰り返していたら、普通の日常生活は、送れなさそう!


「しかし、こんなところで、同じ学校の先輩にも出くわすとは思いませんでした」

「え?」


 すると、四月一日が、唐突にそんなことを言って、皇成は首をかしげた。


 二人──と言われ、四月一日が顔を向けた方を見れば、そこには、もう一人、同じ高校生くらいの男子がいた。


 少し長めの髪を、ざっくりと束ね、薄手のダウンジャケットとデニムを穿いた、背の高い凛々しい男子。


 だが……


「ん? あれ誰? 四月一日君の知り合い?」

「……知り合いというか、うちの学校じゃそこそこの有名人ですよ。矢神先輩、鮫島さめじま先輩のこと知らないんですか?」

「鮫島……」


 そういわれ、皇成は、思考をめぐらせる。

 鮫島と言ったら、あいつしか知らない。


 そう、姫奈に32回告白してフラれ、先日、皇成を叩きのめしに来た、あのリーゼントな学ラン番長、鮫島さめじま 優一郎ゆういちろう


「――て、あれ、鮫島くんなの!?」

「はい。リーゼントじゃないと、大分印象変わりますよね」

「変わるっていうか、別人レベルなんだけど!?」


 鮫島くん!

 君、絶対、素のままの方がいいよ!?


 なんでリーゼントで、学ラン着て、学校きてるの!?


「なんか、スゲーもん見た」

「そういえば、矢神先輩も、なにか買い来たんじゃないんですか?」

「あ、そうだった!」


 すると、衝撃的な出会いに、当初の目的を忘れていた皇成は、ふと、バスに姫奈を待たせていることを思い出した。


 これは、あの鮫島の見つかる前に、早くジュースを買って戻らねば、万が一にも、姫奈とデート中だということがばれたら、このコンビニが格闘場へと変わってしまう!


 だが、その時だった!!


「動くなァァ!!」

「!!?」


 突然、つんざくような男の声が響いた。


 何事かと、コンビニの入口を見れば、目出し帽を被り、手に拳銃とバッグを持った男がなにやら、叫んでいた。


「いいか、妙な真似したら、ぶっ殺すぞからなぁ!!!」


 それは、明らかにだった。

 そう、まさにドラマや漫画でたまに見る――コンビニ強盗。


(あー、やっぱり、矢印様は正しいんだな)


 その光景を見つめて、皇成は茫然とつぶやいた。


 これまで、矢印様の采配どおりに生きてきた皇成は、それはそれは穏やかで、平凡で、順風満帆な人生を歩んできた。


 波風のたたない泉のような人生だ。


 だが、姫奈と付き合ってから、いや、矢印様の采配を無視するようになってから、それが一変した。


 そう、波風のたたない順風満帆な人生が、荒れ狂う波乱万丈な人生に代わってしまったのだ!


 うん、だけど、それにしても災難多すぎない!!?


(うわ、強盗とか初めて見た……!)


 コンビニの奥、強盗とはもっとも距離の離れた場所から、皇成は思う。


 これは、下手に動くとヤバい気がする。


 ザッとあたりを見回した限り、中にいるのは、店員が二人と、皇成に四月一日に鮫島。あとは、親子連れの母と5歳くらいの女の子が一組。


 この場にいる全員を無事を考えるなら、言うとおりにして、強盗が立ち去るのを待った方がいい。


 だが、その時──


「うえぇぇぇぇん!」


 と、突然女の子が泣き出した。強盗の声に驚きパニックになった女の子は、えんえんと泣きじゃくり、その声に、強盗もまた声を荒げる。


「うるせぇぇ、黙らせろ!!!」

「きゃぁぁぁぁ!」


 強盗が女の子に拳銃を向けて、その母親が必死に女の子を抱きしめた。

 

 場の空気はあっという間に緊迫し、金を入れろと命令した店員がモタモタしているせいか、一層、強盗の精神を逆なでているのがわかった。


(これって、やばいんじゃ……っ)


 今にも、誰かが撃たれそうなその状況に、皇成は息をのんだ。


 ふと目をそらせば、横にいる四月一日ですら、文字を読むのを忘れて、強盗から目をそらせずにいた。


 一触即発の空気。

 まさに、命のかかった時間。


 だが、その時、皇成は、すっと呼吸を落ち着かせると


(落ち着け。大丈夫だ。――俺には、



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